はじめに
このテキストでは、
万葉集に収録されている歌「
春過ぎて夏きたるらし白妙の衣ほしたり天の香具山」の原文、現代語訳、その解説と品詞分解を記しています。百人一首にも収録されていますが、若干内容が異なります。
【百人一首ver.】
春
すぎて夏きにけらし白たへの衣
ほすてふ天の香具山
※
歌の解説
※万葉集は、奈良時代末期に成立したとみられる日本に現存する最古の和歌集です。平成の次の元号である「令和」(2019年5月1日〜)の由来となった『
梅花の歌三十二首并せて序』をはじめ、天皇や貴族、役人や農民など様々な身分の人々が詠んだ4500以上の歌が収録されています。
原文
春
過ぎて 夏きたるらし 白妙の 衣
ほしたり 天の香具山
現代語訳
春が過ぎて夏がやって来たようです。真っ白な衣が干してありますね。天の香具山に。
現代語訳
春が過ぎて夏がやって来たらしいです。(夏になると)真っ白な衣を干すという天の香具山に(真っ白な衣が干されています)。
解説・鑑賞のしかた
この歌は、飛鳥時代の天皇だった
持統天皇(女性)によって詠まれたものです。持統天皇は大化の改新を行った中大兄皇子(天智天皇)の娘です。
白妙とは、コウゾの木の繊維で織った白い布のことを言います。初夏の新緑と白のコントラストを感じることができる歌です。「白い布」が何を指しているのかは様々な説がありますが、ここでは、田植えを担当した女性たちの衣装が白い布であった説を紹介します。
田植えをする女性のことを「早乙女(さおとめ)」と言います。田植えは神に捧げる重要な儀式とされ、正装(これの一部が白い布)を着用して行われました。地域によって時期は異なりますが、田植えは一般的に4月~6月に行われます。このことから「早乙女」は夏を表す季語とされます。田植えを終えた早乙女たちの白い布が香久山に干されている様を見て、持統天皇ら都の人たちは、夏の到来を感じ取っていたとするのがこの説です。
ちなみに香具山とは、持統天皇が政治を取り仕切っていた藤原京に向かって東に見える山のことで、畝傍山、耳成山とともに大和三山の1つとされています。天から人が降りてきたという伝説があったことから天の香具山と呼ばれています。
香具山
晴れた日に、新緑豊かなこの山に白い布が干してある、とても夏らしい風景ですね。
単語
夏来たるらし | 「白たへの衣干したり」を見て、夏がきたと感じている |
白たへ | 白い布 |
※この句は二句切れで、体言止めの技法が用いられています。体言止めを用いることで、明快で力強い印象を与えています。
品詞分解
※名詞は省略しています。
春 | ー |
過ぎ | ガ行上二段活用「すぐ」の連用形 |
て | 接続助詞 |
夏 | ー |
来たる | ラ行四段活用・終止形 |
らし | 推定の助動詞・終止形 |
白妙の | 枕詞 |
衣 | ー |
干し | サ行四段活用・連用形 |
たり | 存続の助動詞・終止形 |
天の香具山 | ー |