五斗米道とは
五斗米道、または天師道とも呼ばれるこの運動は、中国の道教の流れを汲む宗教運動で、142年に初代天師である張陵によって創設されました。この運動は、四川省の北部、漢中渓谷を中心に神権国家を形成し、その最盛期には一定の地域を支配していました。
五斗米道の名前は、入信者が五斗の米を寄付することが求められたことに由来しています。この運動は、特に張陵の息子である張衡や孫の張魯の下で急速に広まり、多くの集団を改宗させることに成功しました。
この運動の信者たちは、すべてのものに気が満ちていると信じ、体内に正しい気のバランスが保たれていれば不老不死を達成できると考えていました。
五斗米道の文献はほとんど残っていませんが、最も重要な文献は『道徳経』の詳解である「想児」です。漢中の国家はわずか25年間しか存在しませんでしたが、その信仰は後の道教の運動に大きな影響を与えました。
孫の張魯は215年に曹操に降伏しましたが、その後魏での布教を許され、北魏の新天師道、南宋の正一教などに引き継がれました。