儒教の官学化と五経博士
焚書・坑儒を経て、始皇帝に徹底的に弾圧された儒学ですが、劉邦が高祖として
前漢を建国すると状況が変わります。
前漢第7代皇帝
武帝の時代になると、儒学者
董仲舒の勧めによって、統一国家を精神面から支える思想として儒学が官学になります。以後、儒学は、元の支配の一時期を除き、清代まで中国国内の中心的思想として多大な影響力をもちました。
武帝は、儒学普及のために
五経博士という官職をつくりました。
五経とは、
『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』の5つの書物を指し、
『経書』ともいいます。
五経博士は、これらを通じて国内の儒学普及を任務と、彼らの活動によって、儒学の正統教義が確立します。
訓詁学の開始
また、漢代には
訓詁学という学問も始まります。これは、『経書』の字句解釈を目的としたもので、後漢の
鄭玄という訓詁学者によって大成されます。
その後魏晋南北朝時代には、これらは継承され、唐の時代に入ると、太宗に仕えた
孔頴達が『
五経正義』という五経の注釈書を完成させ、これによって儒学の固定化が達成されます。
儒学が定式化・固定化された背景には、五経の解釈が官吏の登用制度である科挙のテキストとされたためです。
まとめ
以上のように、儒学は各王朝の庇護や弾圧を経験しながら発展・継承されていきます。以下に流れをまとめてみます。
| 時代 | 儒学者 | 内容 |
| 春秋 | 孔子 | 儒学の成立 |
| 戦国 | 孟子・荀子 | 〃 |
| 秦 | | 始皇帝の弾圧 |
| 前漢 | 董仲舒 | 儒学の官学化 |
| 後漢 | 鄭玄 | 訓詁学の成立 |
| 魏晋南北朝 | | 訓詁学の継承 |
| 唐 | 孔穎達 | 儒学の定式化・固定化 |