ローマの共和制
このギリシアの状況に比べて、ローマはどのように拡大していったのでしょう。
まず、ローマは成立当初から、領土拡大を志向する都市国家でした。
王政を打倒した後、貴族中心の
共和制がローマで始まります。
遠征と共に、ローマは支配層を他地域に創り上げながら拡大を続けます。この時点で、
ローマでは政治を直接民主制にすることが不可能だったのです。
そのため、政治において多大な権力を持ったのが、
元老院でした。
のちに平民からなる民会も一定の政治力を持つようになりますが、元々貴族で構成されていた元老院は常に一定の権力を持っていました。
つまり、ローマでは、直接民主制ができない代わりに、一部の有力市民のみで構成される元老院が政治を司っていため、領土拡大とそれに伴う市民権の拡大を行なっても、
国政を左右する政治参加は一部の層にのみ限定されていたのです。
おわりに
このようにギリシアとローマは同じような都市国家からスタートし、奴隷制を元にした社会や、市民が重装歩兵として活躍した結果民主化が進んだわけですが、その後の維持・拡大は、両者の政治構造が変化することによって異なっていったのです。民主化を徹底したギリシアのアテネはその後衆愚政治によって衰退し、共和制ローマも帝政ローマへと変化していくことになります。