民衆と貴族の対立
古代ギリシアでは、参政権を得るための重要な義務が軍役だったのですが、戦争に参加するためには武具を自費で購入する必要があったので、裕福な貴族しか参政権を有していませんでした。
しかし、ギリシアの人口増加や、交易の拡大などによって裕福な平民が出てくるようになると、彼らが武器を自分で調達できるようになりました。また武具の大量生産による価格の低下は、多くの平民の戦争参加を促しました。平民の多くは、
重装歩兵として戦争に参加するようになります。
(重装歩兵)
このように、
重装歩兵の密集隊(ファランクス)が戦争の主役になると、軍役の義務を果たした多くの平民たちから、
参政権の要求が出てくるようになりました。
このような状況から、貴族と平民の対立が深まるようになるのです。
ドラコンの立法
このポリス内の対立を解消しようと、紀元前7世紀に貴族から
ドラコンという立法者が出てきて、それまで貴族たちが恣意的に行なってきた裁判や制度などの慣習法を成文化し、貴族たちの法律の独占をはじめて改革しました。このドラコンの立法によって、平民でも成文化された法律が読めるようになり、貴族との政治的距離が少し縮まります。
慣習法というのは、当時の貴族たちの行動様式などの慣習がそのまま法律として成立していたものです。慣習法は不文法であるので、平民には法律が理解できず、貴族のいうがままに政治が行われていました。この状況を大きく変えたのがドラコンの立法でした。