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18_80 西アジア・地中海世界の形成 / 古代オリエント世界

周辺諸民族の動向と技術の拡散 わかりやすい世界史まとめ8

著者名: John Smith
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周辺諸民族の動向と技術の拡散

紀元前2千年紀の初め、黒海・カスピ海北岸から移動を開始したインド・ヨーロッパ語系の人々のうち、アナトリア高原(現在のトルコ)に定住したのがヒッタイト人です 。 ヒッタイト人は、馬に引かせた戦車と鉄製の武器を駆使して強力な軍事国家を築きました 。彼らは紀元前17世紀半ば頃、ハットゥシャ(現在のボアズキョイ)を都とする統一王国を建設し、紀元前16世紀にはバビロン第1王朝を滅ぼしました 。 紀元前14世紀には最盛期を迎え、南のミタンニ王国やエジプトと争いました 。紀元前13世紀にはシリアの覇権をめぐってエジプト新王国のラメセス2世とカデシュの戦いで激突し、世界最古の講和条約を結んで休戦しました 。 ヒッタイトは製鉄技術を独占していましたが、紀元前12世紀頃、系統不明の「海の民」の襲来などによって滅亡しました 。その結果、彼らが秘匿していた製鉄技術はオリエント各地に広まり、鉄器時代が本格的に到来することとなりました 。



カッシート・ミタンニ・エラム

バビロン第1王朝の滅亡後、メソポタミア南部(バビロニア)には、東方の山岳地帯からカッシート人が侵入し、カッシート王朝(バビロン第3王朝)を建てて約400年間にわたり支配しました 。彼らの民族系統は不明ですが、バビロンの伝統文化を継承し、アッカド語を使用しました 。 一方、メソポタミア北部から北シリアにかけては、系統不明のフルリ人が中心となり、ミタンニ王国を形成しました 。ミタンニは紀元前16世紀から前14世紀にかけて強勢を誇り、エジプトやヒッタイトと並ぶ勢力でしたが、後にヒッタイトに敗れ、アッシリアに併合されました 。 また、イラン高原南西部を支配したエラム人の王国もしばしばメソポタミアに侵入し、紀元前12世紀にはカッシート王朝を滅ぼしました 。 このように、古代オリエント世界では、紀元前15世紀から前14世紀にかけて、エジプト新王国も含めた複数の強国が並立し、複雑な国際関係が展開されました 。そして紀元前12世紀前後の「海の民」の移動による混乱を経て、新たな秩序が形成されていくことになります 。
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・周辺諸民族の動向と技術の拡散 わかりやすい世界史まとめ8

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『世界史B 用語集』 山川出版社
『教科書 世界史B』 山川出版社

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