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蜻蛉日記原文全集「いきもてゆくほどに」 |
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著作名:
古典愛好家
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いきもてゆくほどに、巳(み)の時はてになりにたり。しばし馬どもやすめんとて、清水(しみず)といふところに、かれと見やられたるほどに、おほきなる楝(あふち)の木ただひとつ立てるかげに車かきおろして、馬ども浦にひきおろしてひやしなどして、
「ここにて御破籠(わりご)まちつけん、かの崎はまだいととほかめり」
といふほどに、をさなき人ひとり、つかれたる顔にて寄りゐたれば、餌袋なる物とり出でて、食ひなどするほどに、破籠(わりご)もてきぬれば、さまざまあかちなどして、かたへはこれより帰りて、
「清水にきつる」
と、おこなひやりなどすなり。
さて、車かけてその崎にさしいたり、車ひきかへてはらへしにゆくままに見れば、風うちふきつつ波たかくなる。ゆきかふ舟ども帆ひきあげつついく。浜づらに男どもあつまりゐて、
「歌つかうまつりてまかれ」
といへば、いふかひなき声ひきいでて、うたひてゆく。はらへのほどに倦怠(けたい)になりぬべくながらくる。いとほどせばき崎にて、しものかたは水ぎはに車たてたり。網おろしたれば、しき波に寄せて、なごりにはなしといひふるしたる貝もありけり。しりなる人々は落ちぬばかりのぞきて、うちあらはすほどに、天下見えぬものどもとりあげまぜてさわぐめり。若き男も、ほどさしはなれてなみゐて
「さざなみや、志賀のからさき」
など、例のかみごゑふり出だしたるも、いとをかしうきこえたり。風はいみじうふけども、木かげなければいとあつし。いつしか清水にと思ふ。ひつじのをはりばかり、はてぬればかへる。
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