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18_80 西アジア・地中海世界の形成 / キリスト教の成立と発展

イエスとは わかりやすい世界史用語1181

著者名: ピアソラ
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公生涯の準備
イエスが公に活動を始める前に、いくつかの重要な出来事がありました。

洗礼者ヨハネ (John the Baptist): 洗礼者ヨハネは、イエスより少し年長で、親戚(ルカ福音書によれば、マリアの親戚エリサベツの子)であったとされます。彼はヨルダン川周辺の荒れ野で活動し、差し迫った神の裁きを告げ、「悔い改めの洗礼」を授けていました。多くの人々が彼のメッセージに引きつけられました。ヨハネは、自分の後に「さらに力のある方」が来られ、その方は「聖霊と火で洗礼を授ける」と預言していました。彼は、イエスの到来を準備する役割を果たしたと考えられています。
イエスの洗礼: イエスもガリラヤからヨルダン川に来て、ヨハネから洗礼を受けました。福音書によれば、イエスが水から上がると、天が開き、聖霊が鳩のように彼の上に降り、天から「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が聞こえました(マタイ3:13-17、マルコ1:9-11、ルカ3:21-22)。この出来事は、イエスの公生涯の開始を印し、彼のメシアとしての使命と神との特別な関係を公に示すものと解釈されています。罪のないイエスがなぜ悔い改めの洗礼を受けたのかについては、神の義をすべて満たすため(マタイ)、あるいは人々と連帯するためなどの神学的解釈がなされています。
荒れ野の誘惑 (Temptation in the Wilderness): 洗礼の後、イエスは聖霊に導かれて荒れ野に行き、そこで40日間断食し、悪魔(サタン)から三つの誘惑を受けたとされています(マタイ4:1-11、ルカ4:1-13)。
石をパンに変えるように(物質的な力、自己の欲求充足の誘惑)。
神殿の頂から飛び降りるように(奇跡による自己顕示、神を試す誘惑)。
悪魔を拝むならば世界のすべての国々とその栄華を与える(世俗的な権力、神以外のものを拝む誘惑)。 イエスは、旧約聖書の言葉を引用してこれらの誘惑をすべて退けました。この出来事は、イエスがメシアとしての使命を遂行するにあたり、どのような道を選ぶか(神の御心に従う道か、世俗的な力や栄光を求める道か)を試された試練であり、彼の神への完全な従順を示していると解釈されています。

ガリラヤでの公生涯

洗礼と荒れ野の誘惑の後、イエスはガリラヤ地方で公の活動を開始しました。ガリラヤは、ユダヤ地方北部の比較的肥沃な地域で、ガリラヤ湖(ティベリアス湖)を中心に漁業も盛んでした。イエスは主にこの地域で教えを説き、奇跡を行い、弟子たちを集めました。

活動の拠点: イエスはガリラヤ湖畔の町カファルナウム(Capernaum)を活動の拠点としました。
最初の弟子たち: イエスは活動の初期に、ガリラヤ湖で漁をしていたシモン(後にペトロと呼ばれる)とその兄弟アンデレ、そしてヤコブとその兄弟ヨハネを弟子として召し出しました。「わたしについてきなさい。人間をとる漁師にしよう」というイエスの呼びかけに、彼らはすぐに網や舟、父親を捨てて従ったと記されています(マタイ4:18-22、マルコ1:16-20)。その後、フィリポ、バルトロマイ(ナタナエルとされることも)、トマス、マタイ(レビとも呼ばれる収税人)、アルファイの子ヤコブ、タダイ(ユダとも)、熱心党のシモン、そして後にイエスを裏切るイスカリオテのユダを含む12人の弟子(使徒)を選びました(マタイ10:1-4、マルコ3:13-19、ルカ6:12-16)。彼らはイエスと行動を共にし、その教えと奇跡を目の当たりにし、後にキリスト教を広める中心的な役割を担いました。
中心的なメッセージ:「神の国」 (Kingdom of God / Kingdom of Heaven): イエスの宣教の中心は「神の国」(マルコ、ルカ)または「天の国」(マタイ)の到来でした。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)という言葉に要約されるように、イエスは神による支配が既に始まっており、また将来完成されることを告げました。この「神の国」は、単なる地上の王国ではなく、神の意志が行われ、平和、正義、愛が支配する領域を指します。それは、人々の心の内にも、また共同体の中にも実現されるべきものであり、イエスの存在と活動そのものが「神の国」の到来のしるしであるとされました。この国に入るためには、従来の価値観からの転換(悔い改め)と、イエスがもたらす良い知らせ(福音)を信じることが求められました。

教えの方法:
たとえ話 (Parables): イエスはしばしば、日常生活の情景や自然界の出来事を用いた「たとえ話」によって「神の国」の性質や、神の愛、悔い改めの必要性などを教えました。たとえ話は、聞き手の想像力をかき立て、自ら考えさせる効果がありました。代表的なたとえ話には、「種を蒔く人」(神の言葉の受け入れ方の違い)、「善いサマリア人」(真の隣人とは誰か、憐れみの心)、「放蕩息子」(神の無条件の赦しと愛)、「失われた羊と失われた銀貨」(神の一人に対する配慮)、「からし種とパン種」(神の国の目立たない始まりと大きな成長)、「ぶどう園の労働者」(神の恵みの意外性)などがあります。
説教 (Sermons): イエスは、山の上や平地で、集まった群衆や弟子たちに対してまとまった教えを語りました。最も有名なのがマタイ福音書5章から7章に記された「山上の説教」(Sermon on the Mount)です(ルカ福音書6章には「平地の説教」として類似の内容がある)。山上の説教には、「幸いなるかな」で始まる「八福の教え」(Beatitudes)、弟子たちを「地の塩、世の光」と呼ぶ箇所、律法に対するより深い解釈(「殺すな」だけでなく「怒るな」、「姦淫するな」だけでなく「情欲を抱いて見るな」)、敵を愛し、迫害する者のために祈る教え、偽善的な宗教行為(施し、祈り、断食)への戒め、富への執着に対する警告、神への信頼(空の鳥、野の花)、他人を裁くことへの戒め、そして「主の祈り」(Our Father)などが含まれています。これらの教えは、外面的な行いだけでなく、内面的な動機や心のあり方を重視し、神と隣人に対する徹底的な愛を求める、非常に高い倫理的要求を示しています。
奇跡 (Miracles): 福音書は、イエスが数多くの奇跡を行ったと記しています。これらの奇跡は、単なる驚異的な出来事ではなく、「神の国」が到来しているしるし(signs)、イエスの神的な権威と憐れみの現れとして描かれています。奇跡は主に以下のカテゴリーに分類されます。
癒やし (Healings): 病気や障害を持つ人々を癒しました。例として、熱病の癒やし(ペトロの姑)、皮膚病(当時はハンセン病を含む様々な皮膚疾患を指した)の人の癒やし、中風の人の癒やし(屋根から吊り下ろされた人)、目の見えない人の開眼、耳の聞こえない人・口のきけない人の癒やし、長血を患う女性の癒やしなど、多岐にわたります。
悪霊払い (Exorcisms): 悪霊に取り憑かれた人々から悪霊を追い出しました。例として、カファルナウムの会堂での悪霊払い、ゲラサ人の地でのレギオンという名の多くの悪霊に取り憑かれた人の癒やしなどがあります。
自然に対する奇跡 (Nature Miracles): 自然現象をコントロールしました。例として、ガリラヤ湖の嵐を静める、湖の上を歩く、水をぶどう酒に変える(カナの婚礼、ヨハネ福音書のみ)、五つのパンと二匹の魚で五千人(または四千人)の群衆を満腹させる(パンの増加)などがあります。
死者の復活 (Raisings from the Dead): 死んだ人を生き返らせました。例として、ヤイロの娘の復活、ナインのやもめの息子の復活、ラザロの復活(ヨハネ福音書のみ)があります。 これらの奇跡物語は、イエスに対する人々の驚きと信仰を引き起こす一方で、イエスの権威の源泉について、特にファリサイ派などの宗教指導者たちとの間で論争を引き起こしました。彼らの中には、イエスの力をベルゼブル(悪霊の頭)によるものだと非難する者もいました(マタイ12:24、マルコ3:22、ルカ11:15)。歴史学的な観点からは、奇跡の出来事そのものを証明することは困難ですが、イエスが当時、癒やしや悪霊払いを行う人物として広く知られていたことは、多くの学者によって認められています。
社会的な境界の打破: イエスは当時の社会規範や宗教的なタブーに挑戦する行動をとりました。
収税人や罪人との交わり: 収税人(ローマのために同胞から税金を取り立て、しばしば不正を行ったため嫌われていた)や「罪人」と呼ばれる人々(律法を守らないと見なされた人々)と食事を共にしました。これは、清浄規定を重んじるファリサイ派などから厳しく批判されましたが、イエスは「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マルコ2:17)と述べ、神の憐れみと招きが社会から疎外された人々にこそ向けられていることを示しました。
安息日の規定: 安息日に病人を癒したり、弟子たちが穂を摘んで食べたりしたことで、安息日の規定を厳格に守るべきだと考える人々と衝突しました。「安息日は人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子(Son of Man, イエスが自身を指すのに用いた称号)は安息日の主でもある」(マルコ2:27-28)と述べ、律法の文字通りの遵守よりも、人間の必要や憐れみの行為を優先する姿勢を示しました。
女性との関わり: 当時の社会では公の場で男性が女性と親しく話すことは一般的ではありませんでしたが、イエスは女性たちとも積極的に関わり、教えを説き、癒やしました。マリアとマルタ姉妹との親しい交わり(ルカ10:38-42、ヨハネ11章)、サマリアの女性との対話(ヨハネ4章)、イエスの宣教活動を経済的に支えた女性たちの存在(ルカ8:1-3)などが記されています。また、復活の最初の証人となったのも女性たちでした(後述)。
高まる人気と対立: イエスの教えと奇跡は多くの民衆を引きつけましたが、同時に、彼の権威に対する主張(罪を赦す権威、律法に対する独自の解釈、神との特別な関係を示唆する言動など)は、エルサレムの宗教指導者たち(祭司長、律法学者、ファリサイ派、サドカイ派など)との間に深刻な対立を生み出しました。彼らはイエスを、神を冒涜する者、律法を破壊する者、民衆を惑わす危険な存在と見なし、次第にイエスを除こうと考えるようになりました。

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『世界史B 用語集』 山川出版社

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