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18_80 西アジア・地中海世界の形成 / 古代オリエント世界

アッカド王国の創設者サルゴン1世 世界史用語104

著者名: ピアソラ
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サルゴン1世とは

サルゴン1世は、紀元前24世紀から紀元前23世紀にかけて、メソポタミアのアッカド王国の王として君臨した人物です。彼は、シュメールの諸都市を征服し、史上初のセム人による帝国を築きました。彼の帝国は、メソポタミアだけでなく、シリア、アナトリア、エラム(現在の西イラン)などの地域にも及びました。彼は、メソポタミアの軍事的伝統の創始者とも考えられています。彼の娘の一人であるエンヘドゥアンナは、歴史上名前の分かる最初の作家として知られています。

サルゴン1世の出自と登場

サルゴン1世の出自については、伝説的な話が多く、正確なことはわかっていません。彼の父親は不明で、母親はユーフラテス川中流域の町の神官だったと言われています。彼は、赤ん坊のときに川に流されたかごの中で、園芸家に拾われて育てられたという物語があります。彼は、自分の力で出世し、キシュの都市の支配者の杯持ちとなりました。彼が権力を握ったきっかけは、ウルクのルガルザゲシを倒したことでした。ルガルザゲシは、シュメールの諸都市を次々と征服し、地中海まで自分の支配下にあると主張していました。サルゴン1世は、ルガルザゲシを破って、南メソポタミア全域の王となりました。



サルゴン1世の帝国と業績

サルゴン1世は、南メソポタミアにとどまらず、北や西にも遠征しました。彼は、アッカドという新しい首都を建設しましたが、その場所は今も不明です。彼は、セム語系の言語であるアッカド語を自然に話す最初の偉大な支配者でした。彼の時代に、アッカド語は楔形文字で書かれるようになり、古代セム語の最古の方言として残されました。彼は、シュメールの文化や宗教を尊重し、自分の息子たちをシュメールの神殿の管理者に任命しました。彼の娘のエンヘドゥアンナは、ウルの月の神ナンナの神官となり、多くの詩や賛歌を書きました。彼の治世は、メソポタミアの芸術や文学における黄金時代とも言えます。

サルゴン1世の死とその後

サルゴン1世の死後、彼の息子たちが王位を継ぎましたが、彼ほどの力はありませんでした。彼の孫のナラム・シンは、エラムとの戦争に勝利し、自分を神として崇めさせましたが、その後、反乱や侵略に悩まされました。サルゴン1世の曾孫のシャル・カリ・シャッリは、グティ人という山岳民族に首都を攻め落とされ、アッカド王国は滅亡しました。サルゴン1世の名声は、その後のメソポタミアの歴史においても生き続けました。彼は、新アッシリア時代の文学や伝説に登場し、後の王たちの手本となりました。彼は、古代オリエントの最も偉大な征服者の一人として記憶されています。
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・アッカド王国の創設者サルゴン1世 世界史用語104

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『世界史B 用語集』 山川出版社

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