タタールの平和
モンゴル帝国は、世界史においてまれに見る大帝国を築くわけですが、その統治下では
タタールの平和と呼ばれる安定した時代が続きました。
安定し、平和な状況が続いたということは、それまで以上に人々の行き来が進んだということです。また人の往来はさまざまな文化の融合ももたらします。
東西文化交流のまとめ
ここでよく問題になる東西交流の内容をまとめておきましょう。
人物の往来
| 人名 | 職業 | 概要 |
| プラノ=カルピニ | 修道士・教皇使節 | カラコルムを訪問 |
| ルブルック | 修道士・フランス王使節 | カラコルムを訪問 |
| モンテ=コルヴィノ | 修道士 | 大都で布教活動 |
| マルコ=ポーロ | ヴェネツィアの商人 | 大都を訪問・『東方見聞録』出筆 |
| イブン=バットゥータ | 旅行家 | 大都を訪問 |
| ラッバン=ソーマ | イルハン朝使節・ネストリウス派信徒 | ヨーロッパ訪問 |
(マルコ=ポーロ)
芸術・学問
| 西 | 伝来方向 | 東 |
| イランの陶芸技術 | → | 中国の染付技術 |
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| イスラム科学 | → | 郭守敬の授時暦 |
(郭守敬)