アジアの自立と分断で押さえておきたいポイント
※赤字部分が問題に出そうな部分です。赤色の暗記シートなどで隠して見てください。
中国の状況
・
中国共産党と
中国国民党が争った中国では、日本降伏後の1945年11月以降内戦に突入した。1945年に双十協定、翌年に国境停戦協定を結んだが、のちに国民党が破棄し、内戦は拡大していった。
・1949年10月1日、首都北京において、
毛沢東を主席とする
中華人民共和国の建国が宣言された。毛沢東は
新民主主義を唱え、初代首相の
周恩来が柔軟に実務をこなした。中華人民共和国は、1949年にソ連・東欧・インド、50年にイギリス、64年フランス、70年カナダ・イタリア、72年アメリカ・日本が承認した。
・ 共産党との戦いに敗れた
蒋介石は、1949年12月に台湾に逃れ
中華民国政府(台湾国民政府)をたてた。
・1953年から57年にかけて、中国でも
第1次五カ年計画が実行されたが、国内は混乱した。1958年からは
第2次五カ年計画(大躍進)が計画され、農村に人民公社が作られたが大失敗し、1500万人の餓死者が出たと言われる。
朝鮮半島の状況
・1943年12月、戦後の朝鮮独立を承認する
カイロ宣言が出された。1945年8月には、第二次大戦終結後
北緯38度線を暫定的に定め、北部をソ連軍、南部をアメリカ軍が占領した。
・1948年9月、朝鮮北部に
朝鮮民主主義人民共和国が成立し、首都
平壌において
金日成が初代首相となった。
・1948年8月には、朝鮮南部に
ソウルを首都とした
大韓民国が成立し、
李承晩が初代大統領となった。
東南アジアの状況
・フィリピンでは、抗日ゲリラの
フクバラハップ(フク団)が活躍していたが、1946年7月に
フィリピン共和国として独立し、反共親米路線をとった。
・インドネシアは1945年に独立を宣言したが、オランダが認めず4年間の独立戦争が行われた。1949年の
ハーグ協定で正式に独立した。インドネシア独立運動は
スカルノが指導した。
・ベトナムでは
ホー=チ=ミンが抗日闘争や終戦後の対フランス独立運動を指導した。1945年9月、ハノイでベトナム民主共和国の独立が宣言されたが、その後フランスとの
インドシナ戦争が起こった。フランスが後援したベトナム国が併立し、その後ディエンビエンフーの戦いでフランス軍が敗北し、
ジュネーヴ休戦協定が結ばれた。これにより、北部17度線を境に、北の
ベトナム民主共和国、南の
ベトナム共和国にわかれた。
・カンボジアは1949年に独立し、
シハヌークが首相となった。その後もラオス独立、ビルマ独立マレーシア連邦の成立、シンガポール独立など東南アジアの独立が続いた。
南アジアの状況
・1947年8月、イギリス連邦内自治領として
インドが独立した。翌年、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒との融和を求めた独立運動の指導者
ガンディーが暗殺された。初代首相ネルーは反植民地指導者としても活躍した。
・1950年1月、インドは新憲法を発布し、
インド共和国となった。
・ムスリム連盟の指導者
ジンナーは、1947年に
パキスタン共和国の独立後初代総督となった。インドとパキスタンは、
カシミール地方の帰属問題をめぐり、武力衝突が続いている。
・1948年、
セイロンがイギリス連邦の自治領と独立し、1972年に
スリランカに改称した。
アラブ世界の状況
・アラブ世界では、
アラブ諸国連盟が1945年に成立した。1947年11月、国連総会で
パレスチナ分割案が決議され、人口3分の1・所有地6%を持つに過ぎなかったユダヤ人にパレスチナの56.5%の土地を与える内容となり、1948年5月に
イスラエルが建国された。
・イスラエル建国に反対したアラブ諸国は、1948年に
パレスチナ戦争(第1次中東戦争)を起こした。この結果、アメリカ・イギリスの支援を受けたイスラエルが大勝し、分割案以上の土地を獲得した。
・戦争を通じて多くのパレスチナ難民が発生し、その中から
パレスチナ解放機構(PLO)が生まれ、解放闘争が続いた。