ロシア革命とは
このテキストでは、ロシア革命について見ていきますが、ロシアは大きく分けて3つの革命を経験しました。
1905年の
ロシア第1次革命にはじまり、1917年の3月と11月にも革命がおこります。これらの革命の結果、
ツァーリズムが廃止され、史上初の社会主義国家が誕生することになります。
ツァーリとは、ロシア皇帝のことで、イヴァン4世が公的な称号として用いたのがはじまりです。ツァーリによって行われた専制君主体制をツァーリズムといい、1917年のロシア革命まで続きました。
ロシア革命に至る経緯
ロシア革命についての説明の前に、19世紀のロシアがどういった状況だったか見ていきましょう。
クリミア戦争の大敗を受けて、1861年に
アレクサンドル2世が
農奴解放令を発布し、近代国家への方向転換が図られました。
農奴解放後も大部分の農民は農村に残りましたが、一部の人々は工場労働者の担い手になっていったため、次第に資本主義的経営がロシアでも定着し、1880年代には工業生産性は2倍に増大しました。
その後、ロシアはフランスから資本の導入を受け、シベリア鉄道建設や、重工業を発展させていきます。1894年には
露仏同盟が締結され、バルカン半島への進出でドイツやオーストリア、極東への進出でイギリスや日本との対立が深まりました。
(シベリア鉄道)
新しい政治党派
経済的な発展を目指す当時のロシア国内では、新たに
プロレタリアート(労働者)の階層が生まれ、彼らの間では
社会主義思想が広がり、次第にツァーリズムの専制支配に反対するようになりました。
プロレタリアートの発言を代弁するために、1898年
ロシア社会民主労働党という政治党派が誕生します。
この党派を率いたのが
レーニンと
プレハーノフでした。
他にも、1901年に農民を支持基盤とする
社会革命党(SR)が、1905年に自由主義的な
立憲民主党が組織されました。
ボリシェビキとメンシェヴィキ
こうした中、ロシア社会民主労働党は、1903年に内部対立により
ボリシェヴィキと
メンシェヴィキという2つの党派に分裂してしまいます。当時の政党は、以下がありました。
ボリシェヴィキ | 指導者はレーニン。党分裂の際の多数派という意味で、党員を少数精鋭の革命家に限定し、武装革命の必要性を主張。 |
メンシェヴィキ | 指導者はプレハーノフ。少数派という意味。ブルジョワを含む幅広い大衆により革命を実現しようとした。 |
社会革命党 | 指導者はチェルノフやナタンソン。農民を支持基盤とし、ナロードニキの流れをくんだ政党。 |
立憲民主党 | 指導者はミリューコフ。ブルジョワ自由主義者が支持基盤。 |
日露戦争と血の日曜日事件
さて、国内でこうした政治政党が成立する中、対外的には1904年から
日露戦争が勃発します。
中国北東部と朝鮮半島の支配権をめぐって、帝政ロシアと日本が対決した
帝国主義戦争ですね。
この戦争で、帝政ロシアにはフランス・ドイツが、日本にはイギリス・アメリカが支援に回りました。
奉天会戦や
日本海海戦など、日本側が続けて勝利しましたが、その後日本の国力は急速に消耗し、戦争継続が困難となっていきました。
こうした中、1905年1月22日、帝政ロシアの首都
ペテルブルクで、修道士
ガポンに率いられた労働者をはじめとする民衆が、日露戦争の平和的解決を望むデモを行いました。
この平和請願のデモ隊に対し、皇帝の軍隊が発砲し、多数の死傷者を出しました。これを
血の日曜日事件といいます。
第1次ロシア革命
血の日曜日事件の虐殺の知らせはロシア全土に広がり、同年、
ロシア第1次革命が勃発します。
各地で農民反乱は頻発し、6月にはロシア軍所属の黒海艦隊戦艦
ポチョムキン号で水兵の反乱が起こり、9月5日にはアメリカ大統領
セオドア・ルーズヴェルトの仲介で日本と
ポーツマス条約を結び日露戦争が終結、10月にはストライキが決行され、ロシア国内のさまざまなインフラが停止します。
こうして、首都ペテルブルクの労働者や兵士を中心として
ソヴィエトが結成されます。
ソヴィエトとは、ロシア語で「会議」という意味ですが、レーニンはソヴィエトを「既存権力に圧迫を加えつつ、自治的権力機関になったもの」と定義しています。
この革命に対し、皇帝
ニコライ2世は
十月勅令を発布しました。
この勅令は、立憲政体の採用と、
ドゥーマ(国会)の開設を約束する内容で、革命を食い止めようとする皇帝側の妥協策でした。
ところが、翌年憲法が発布されたものの、皇帝が任命した首相
ストルイピンは徹底した弾圧政治を行い、同時に、
農村共同体(ミール)を解体して、自作農の創設を目指しました。
ストルイピンの時代にボリシェヴィキの幹部は弾圧され、指導者レーニンもスイスに亡命を余儀なくされます。
こうした反動体制は続き、ロシアの革命は一時中断しました。