姉川の戦い
浅井長政の裏切りで、織田信長と浅井長政の同盟関係は完全に崩れました。織田信長はリベンジのために、北近江に出陣をします。その結果両者は、近江国(現在の滋賀県)の姉川で激突することになりました。これが
姉川の戦いです。
織田信長は徳川家康を味方につけ、一方で浅井長政は朝倉氏との連合軍で応戦します。結果、織田徳川の連合軍が勝利し、浅井長政は小谷城に籠城することになりました。
小谷城の戦い
姉川の戦いの3年後、1573年、ついに浅井氏は織田信長に滅ぼされます。この戦いのことを
小谷城の戦いといいます。この3年の間に織田信長は、足利義昭、武田信玄、朝倉義景らと戦いを繰り広げますがここでは割愛します。
この小谷城の戦いで、浅井長政は自害し、妻であった市は織田信長のもとに戻ることとなりました。
ちなみに
市はその後、織田家の家臣であった柴田勝家と再婚をしますが、柴田勝家と対立した豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)との戦い「賤ヶ岳の戦い」で自害したといわれています。また浅井長政と市の3人の娘は、浅井三姉妹として知られています。
長女の茶々はのちに豊臣秀吉の側室として、次女の初は京極高次に、三女の江は徳川幕府の第2代将軍、徳川秀忠にそれぞれ嫁いでいます。三女の江を中心に描かれたのが、2011年の大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」です。