はじめに
前回は、民主政治の基本原則がどのように成立したかを述べました。
このテキストでは、民主政治成立の原点を見ていくことにしましょう。
近代民主主義の思想
近代民主主義の思想は、
社会契約説を唱えた学者たちによって形作られました。
社会契約説というのは、人間は生まれながらにして、自由で平等に生きる権利(
自然権)を持っており、人間は自然権を確保するために国家や社会を成立させたと主張するものです。
この説を主張する人々は、基本的人権や国家が有する権力というものは、もともと国民にあるとして、国民主権の考え方をヨーロッパに根付かせました。
社会契約説の担い手たち
ここで社会契約説を主張した当時の学者を紹介しましょう。
ホッブス
トマス=ホッブス(1588年~1679年)は近代政治思想をはじめて世に知らしめた人物として知られています。
イギリス生まれでオクスフォード大学を卒業後、イングランド王太子の家庭教師を務めました。
彼は著作「
リヴァイアサン」の中で、人間の自然権を明らかにしました。
自然権というものは、人間が自然状態で持つ権利のこと、つまり秩序やルールがない場合に、社会の仕組みに頼ることなく本来的に保持している権利のことです。
彼は、自然状態のもと、すべての人間は生きること、言い換えるなら自己保存の為に自然権を持ち、それぞれの個人が自然権を主張する事によって、「万人の万人に対する闘争」が生じると考えました。
この状況を回避するために、個人は共通の主権者と契約を結んで、各々が法律を守り平和な社会を作るべきだと説きました。
ホッブスの主張は、社会契約論という新しい概念を示しましたが、時の為政者によって君主制を擁護する理論として用いられてしまします。
ロック
ジョン=ロック(1632年~1704年)はイギリス生まれ、ホッブスと同じくオクスフォード大学を卒業後、同大学で教鞭をとりました。
ロックは、著作「
市民政府二論(統治論二篇)」を著し、その中でホッブスとは異なる論を主張しました。
彼は自然状態のもとで人間は生命・自由・財産という自然権を有していると定義し、人々はこの権利を守るために、契約を結び社会や国家を形成したと考えました。
更に、この契約は個々人の自然権を守るための契約なので、国家や政府がその自然権を侵害するようでれば、人々が権力に対抗し国家や政府を変えることが出来ると述べたのです。
このロックの思想は、権力を分割・分立させるという考えにつながり、議院内閣制や、三権分立の基礎となりました。
ルソー
ジャン=ジャック・ルソー(1712年~1778年)はスイス生まれの哲学者で、社会契約説を発展させた人物です。
ルソーは著作「
人間不平等起源論」で、自然状態の人間は本来自由で平等だったにも関わらず、私有財産を持つ少数の支配者が持たざる多数者を支配するようになって不平等な関係性ができ、絶対王政は、その不平等を維持・保証するものであると述べました。
別の著作「社会契約論」では、自由と平等を求める市民が、一般意思と言われる人民の共通の利益を目指す意志を形成し、直接民主制によって国を統治すべきだと説きました。
この考えは、人民主権論としてフランス革命などに大きく影響を与えました。
以下に三者の思想を表にしてみます。
人名 | トーマス=ホッブス(1588~1679) | ジョン=ロック (1632~1704) | ジャン=ジャック=ルソー(仏)(1712~78) |
著作 | 『リヴァイアサン』 | 『市民政府二論(統治論二篇)』 | 『社会契約論』 |
自然状態 | 「万人の万人に対する闘争」 | 平和状態 | 自然と調和した理想的状態 |
影響 | 絶対的権力(絶対王政を擁護)を認めたが、その後近代政治の思想・人権思想の原点となった。 | 王権神授説を否定し、アメリカ独立革命をはじめ各国の市民革命の理論的柱になった。 | 直接民主制の人民主権の概念を確立し、フランス革命に大きな影響を与える。 |
おわりに
このように、近代民主主義の思想は、様々な論者によって創りだされ、絶対王政に対抗する民衆の大きな精神的支柱となっていったのです。社会契約説は、その後さまざまな革命の理論的根拠となり、世界史上に大きな影響を与えたと言えます。