現代の民主主義社会において、私たちが主権者として適切な判断を下すためには、正確な情報が欠かせません。かつて情報は「与えられるもの」という側面が強かったのですが、現在では市民が自ら「求めるもの」へとその性質が変化しています。ここでは、私たちの生活に密接に関わる「知る権利」の概念とその歴史、そして日本と諸外国における現状と課題について詳しく解説します。
1. 「知る権利」とは何か:その本質と二面性
「知る権利」という言葉は、私たちが日常的に耳にするものですが、法的な視点で見ると非常に深い意味を持っています。この権利の根拠は、日本国憲法第21条が保障する「表現の自由」にあります。
伝統的に表現の自由は、自分の意見を外部に発信する自由として理解されてきました。しかし、民主主義を機能させるためには、発信する内容の基礎となる「情報を得るプロセス」も同様に重要です。このため、表現の自由を受け手側から再定義したものが「知る権利」です。
この権利には、大きく分けて二つの側面があります。
一つは、国家権力が情報の入手を妨げてはならないという「自由権的」な側面。もう一つは、国民が政府に対して情報の公開を積極的に求めることができる「社会権的」な側面です。特に現代社会では、政府や巨大メディアが情報を独占し、操作するリスクがあるため、市民が単なる「情報の受け手」に留まらず、主体的に情報へアクセスする権利が不可欠となっています。
2. 先駆者としてのアメリカ:情報の民主化
知る権利が法的に確立されるまでの歴史を遡ると、1953年に出版されたハロルド・クロスによる著書『人民の知る権利』などを契機とする、アメリカにおける情報公開を求めるジャーナリズムの運動に辿り着きます。アメリカでは「行政が保有する情報は国民の共有財産である」という考え方が根強く、それが具体的な制度として結実していきました。
象徴的なのが、1966年に制定された「情報自由法(FOIA)」です。これにより、国民が行政府の公的情報にアクセスする権利(情報アクセス権)が明確に保障されました。さらに1976年には、政府機関の会議を原則公開とすることを定めた「サンシャイン法(会議公開法)」が成立します。
これらの法律の根底にあるのは、「国家が持つ情報は、主権者である国民に帰属する」という大原則です。もちろん、外交や防衛に関わる機密事項は一定期間非公開とされますが、それらも25年などの一定期間が経過すれば、国立公文書館などで原則として無料で公開される仕組みが整っています。
3. 日本における歩み:地方から国への波及
日本で知る権利が強く意識されるようになったきっかけの一つに、1972年の「外務省機密漏洩事件」があります。この事件を通じて、政府が隠匿している情報のあり方が社会問題化しました。
興味深いことに、日本における情報公開の制度化は、国よりも地方自治体が先行しました。1982年に山形県金山町で日本初の情報公開条例が制定されたのを皮切りに、各地の自治体で整備が進みました。これに対し、国レベルでの「行政機関の保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)」が成立したのは1999年、施行されたのは2001年のことです。地方の動きから約20年も遅れてのスタートでした。
しかし、日本の情報公開法には課題も指摘されています。最大の問題は、法律の条文内に「知る権利」という言葉が明記されていない点です。これが原因で、裁判における判例の根拠として具体性に欠けるという声もあり、今後の法改正における重要な論点となっています。
4. 日本の情報公開制度の仕組みと現状
現在の日本の情報公開法では、中央省庁の行政文書を対象に、原則公開が義務付けられています。この請求権は、日本国民だけでなく外国人にも認められているのが特徴です。請求が行われると、原則として30日以内に行政側が公開・非公開の判断を下し、その理由を説明する義務があります。
対象となるのは、決裁文書だけでなく、組織的に使用されている図面や電磁的記録も含まれます。しかし、実際の運用面では以下のような複数の課題が浮き彫りになっています。
「個人文書」という逃げ道:作成途中のメモや試案などは、公的な文書ではなく「個人文書」として扱われ、廃棄されてしまうケースがあります。何が公文書で何がそうでないかの判断を、作成者側である省庁自身が行える点に構造的な問題があります。
費用の負担:地方自治体に比べ、国の情報公開にかかる手数料やコピー代は高額に設定されています。これが、市民が気軽に制度を利用する上での心理的な障壁となっています。
広範な非公開項目:安全保障や個人情報など、非公開とできる項目が6つ設定されています。特に外交や捜査に関する情報は、担当省庁のトップの裁量で非公開にされやすい傾向があります。
不服申し立ての手続きと裁判の壁:非公開決定に納得がいかない場合、「情報公開・個人情報保護審査会」に申し立てを行うことができます。かつては国を相手とする裁判を起こせるのが高等裁判所所在地の地方裁判所等に限られていましたが、現在では法改正により原告の住所地の地方裁判所でも提訴可能になりました。しかし、依然として裁判には多大な時間と費用がかかることや、情報公開法自体に裁判官が非公開文書を直接見て判断するインカメラ審理の規定が設けられていないなど、利用者にとってハードルが高い側面が残っています。
5. 日米の透明性の格差:沖縄返還交渉を例に
情報の透明性における日米の差は、歴史的な事実の解明プロセスにおいても顕著に現れています。
例えば、1972年の沖縄返還協定に関連する「密約」の問題です。2000年代に入り、アメリカ側の公文書公開によって、日本政府が本来アメリカ側が負担すべき費用(軍用地の原状回復費400万ドルや基地移設費6500万ドルなど)を肩代わりしていた実態が明らかになりました。
日本国内では長年否定されてきた事実が、アメリカ側の「公文書は国民のもの」という徹底した公開姿勢によって裏付けられたのです。アメリカでは、たとえ自国にとって不利益になる可能性があっても、一定期間を過ぎれば歴史の検証のために情報を公開する姿勢が貫かれており、この点は国際的にも高く評価されています。
6. 主権者として情報を守り、育てる
「知る権利」は、単に隠された事実を暴くための道具ではありません。それは、私たちが社会のルール作り(政治)に参加し、そのプロセスが正当に行われているかを監視するための「民主主義のインフラ」です。
行政文書は、私たちの税金を使って、私たちの生活のために作成された「共有の知的資産」です。それが適切に記録され、保存され、そして必要に応じて開示されることは、健全な社会を維持するための最低条件といえるでしょう。
私たちは、情報公開制度の現状を知り、必要であれば改善を求めていく必要があります。情報の透明性を高めることは、政府への信頼を築く第一歩であり、より良い未来を選択するための土台となるのです。