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百人一首『これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関』現代語訳と解説(掛詞など)
著作名: 走るメロス
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百人一首(10)蝉丸/歌の意味と読み、現代語訳、単語、品詞分解


これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関


このテキストでは、百人一首に収録されている歌「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」の現代語訳・口語訳と解説(掛詞・体言止めなど)、そして品詞分解を記しています。この歌は、百人一首の他に、後撰和歌集にも収録されています。後撰和歌集では「これやこの行くも帰るも別れつつ知るも知らぬも逢坂の関」となっています。



※百人一首は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活動した公家・藤原定家が選んだ和歌集です。100人の歌人の和歌を、1人につき1首ずつ選んで作られています。

原文

(※1)これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも (※2)逢坂の関

ひらがなでの読み方

これやこの いくもかえるも わかれては しるもしらぬも あふさかのせき



現代語訳

これがまぁ、(京を離れて)行く人も(京に)帰る人も、知っている人も知らない人も別れては出会いを繰り返すという逢坂の関なのだ。

解説・鑑賞のしかた

この歌は、平安時代の歌人、蝉丸(せみまる)によって詠まれたものです。盲目で琵琶の名手だったとも言われています。

実際に逢坂の関に住んでいた蝉丸が、幾多の出会いや別れを目の当たりにし、逢坂の関とはその名の通りの場所であることよという思いを詠んだ歌です。

主な技法・単語・文法解説


単語

(※1)これやこの「これがまぁ」や「これがあの…か」の意
(※2)逢坂の関現在の滋賀県大津市逢坂にあったとされる関所。ここを東に越えると東国とされる。鈴鹿、不破とあわせて平安時代の三大関所。



掛詞

(※2)逢坂の関地名の「逢坂」と「出会う」を意味する「逢ふ」をかけている


句切れ

なし。

技法

体言止め。和歌を名詞(体言)で締めくくる技法をいう。

品詞分解

※名詞は省略しています。



これやこの連語:代名詞「これ」+係助詞「や」+代名詞「こ」+格助詞「の」
行くカ行四段活用「ゆく」の連体形
係助詞
帰るラ行四段活用「かへる」の連体形
係助詞
別れラ行下二段活用「わかる」の連用形
接続助詞
係助詞
知るラ行四段活用「しる」の連体形
係助詞
知らラ行四段活用「しる」の未然形
打消の助動詞「ず」の連体形
係助詞
逢坂
格助詞


著者情報:走るメロスはこんな人

学生時代より古典の魅力に取り憑かれ、社会人になった今でも休日には古典を読み漁ける古典好き。特に1000年以上前の文化や風俗をうかがい知ることができる平安時代文学がお気に入り。作成したテキストの総ページビュー数は1,6億回を超える。好きなフレーズは「頃は二月(にうゎんがつ)」や「月日は百代の過客(くゎかく)にして」といった癖のあるやつ。早稲田大学卒業。

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