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蜻蛉日記原文全集「七月になりぬ」
著作名: 古典愛好家
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蜻蛉日記

七月になりぬ

七月になりぬ。八月ちかき心ちするに、見る人は猶いとうらわかく、いかならんと思ふことしげきにまぎれて、我がおもふことはいまはたえはてにたり。

七月中(なか)の十日許(ばかり)になりぬ。頭(かう)の君いとあさりかれば、われをたのみたるかなと思ふほどに、ある人のいふやう、

「右馬(うま)の頭(かん)の君はもとの妻(め)をぬすみとりてなん、あるところにかくれゐ給へる。いみじうをこなることになん世にもいひさはぐなる」


とききつれば、我はかぎりなくめやすいことをもきくかな、月のすぐるにいかにいひやらんと思ひつるにと思ふ物から、あやしの心やとはおもひなんかし。


さて又ふみあり。見れば人しもとひたらんやうに、

「いで、あなあさまし。心にもあらぬことをきこえさせはつきにもすまじ。かからぬ筋(すぢ)にても、とりきこえさすること侍りしかば、さりとも」


などぞある。かへりごと、

「心にもあらぬ」


とのたまはせたるは、なににかあらむ。

「かからぬさまにて」


とか、ものわすれをせさせ給はざりけると見たまふるなん、いとうしろやすき」

とものしけり。



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