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更級日記 原文全集「初瀬詣で」其の二 |
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著作名:
古典愛好家
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其の二
夜深くいでしかば、人々困(こう)じて、やひろうちといふ所にとどまりて、物食ひなどするほどにしも、ともなるものども、
「高名の栗駒山にはあらずや。日も暮れがたになりぬめり。ぬしたち、調度とりおはさうぜよや」
といふを、いと物おそろしう聞く。その山こえはてて、贄野(にへの)の池のほとりへいきつきたるほど、日は山の端にかかりたり。
「今は宿とれ」
とて、人々あかれて宿もとむる。所はしたにて、
「いとあやしげなる下衆の小家なむある」
といふに、
「いかがはせむ」
とて、そこにやどりぬ。
「みな人みな人、京にまかりぬ」
とて、あやしのをのこ二人ぞゐたる。その夜もいも寝ず、このをのこ、いでいりしありくを、奥の方なる女ども、
「など、かくしありかかるぞ」
と問ふなれば、
「いなや、心もしらぬ人をやどしたてまつりて、釜はしもひきぬかれなば、いかにすべきぞと思ひて、え寝で、まはりありくぞかし」
と寝たると思ひていふ。きくに、いとむくむくしく、をかし。
つとめて、そこをたちて、東大寺によりておがみたてまつる。いその神も、まことにふりにける事思ひやられて、むげにあれはてにてけり。
その夜、山辺といふ所の寺にやどりて、いとくるしけれど、経すこしよみたてまつりて、うちやすみたる夢に、いみじくやむごとなくきよらなる女のおはするに、参りたれば、風いみじうふく。見つけて、うちゑみて、
「何しにおはしつるぞ」
と問ひ給へば、
「いかでかは参らざらむ」
と申せば、
「そこは、内にこそあらむとすれ。博士の命婦をこそよくかたらはめ」
とのたまふと思ひて、嬉しく頼もしくて、いよいよ念じたてまつりて、初瀬河などうちすぎて、その夜、御寺にまうでつきぬ。はらへなどしてのぼる。
三日さぶらひて、暁まかでむとて、うちねぶりたる夜さり、御堂の方より、
「すは、稲荷よりたまはるしるしの杉よ」
とて、物をなげいづるやうにするに、うちおどろきたれば、夢なりけり。
暁、夜ぶかくいでて、えとまらねば、奈良坂のこなたなる家をたづねてやどりぬ。これもいみじげなる小家なり。
「ここはけしきある所なめり。ゆめ寝ぬな。れうがいのことあらむに、あなかしこ、おびえさはがせ給ふな。息もせでふさせ給へ」
といふをきくにも、いといみじうわびしくおそろしうて、夜をあかすほど、千年(ちとせ)をすぐす心地す。からうじてあけたつほどに、
「これは、盗人の家なり。主の女、けしきある事をしてなむありける」
などいふ。
いみじう風のふく日、宇治の渡りをするに、網代(あじろ)いと近う漕ぎよりたり。
おとにのみ聞き渡りこし宇治川の 網代の浪も今日ぞかぞふる
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