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更級日記 原文全集「二三年、四五年へだてたることを」 |
著作名:
古典愛好家
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更級日記
二三年、四五年へだてたることを
二三年、四五年へだてたることを、次第もなくかきつづくれば、やがて続きたちたる修行者めきたれど、さにはあらず。年月へだたれる事なり。
春ころ、鞍馬にこもりたり。山ぎはかすみわたり、のどやかなるに、山の方より、わづかにところなど掘りもてくるもをかし。出づる道は、花もみな散りはてにければ、何ともなきを、十月ばかりに詣づるに、道のほど、山のけしき、この頃はいみじうぞまさるものなりける。山の端、錦をひろげたるやうなり。たぎりて流れゆく水、水晶をちらすやうにわきかへるなど、いづれにもすぐれたり。詣でつきて、僧房にいきつきたるほど、かきしぐれたる紅葉のたぐひなくぞ見ゆるや。
奥山の紅葉の錦ほかよりも いかにしぐれてふかくそめけむ
とぞ見やらるる。
二年ばかりありて、また石山にこもりたれば、よもすがら、雨ぞいみじくふる。旅居は雨いとむつかしきものと聞きて、蔀(しとみ)をおしあげて見れば、有明の月の、谷の底さへくもりなくすみわたり、雨と聞こえつるは、木の根より水の流るる音なり。
谷河の流は雨と聞ゆれど ほかよりけなる有明の月
また初瀬に詣づれば、はじめにこよなくものたのもし。所々にまうけなどして、いきもやらず。山城の国、ははその森などに、紅葉いとをかしきほどなり。初瀬河わたるに、
初瀬河たちかへりつつたづぬれば 杉のしるしもこのたびや見む
と思ふも、いとたのもし。
三日さぶらひて、まかでぬれば、例の奈良坂のこなたに、小家などに、このたびはいと類ひろければ、えやどるまじうて、野中にかりそめに庵つくりてすゑたれば、人はただ野にゐて、夜をあかす。草の上にむかばきなどをうちしきて、上にむしろをしきて、いとはかなくて夜をあかす。頭もしとどに露をく。暁方の月、いといみじくすみわたりて、世にしらずをかし。
ゆくへなき旅の空にもおくれぬは 宮にて見し有明の月
なにごとも心にかなはぬこともなきままに、かやうにたちはなれたる物詣でをしても、道のほどを、をかしとも苦しとも見るに、をのづから心も慰め、さりとも頼もしう、さしあたりて嘆かしなどおぼゆることどもないままに、ただ幼き人々を、いつしか思ふさまに仕立てて見む、と思ふに、年月の過ぎ行くを心もとなく、たのむ人だに、人のやうなるよろこびしては、とのみ思ひわたる心地、たのもしかし。
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