不可触民(ダリット)とは
不可触民(ダリット)は、ヒンドゥー教のカースト制度の最下層に位置づけられ、長い間、社会的な差別や排除に苦しんできました。
ダリットの歴史
ダリットはサンスクリット語で「砕かれた」「散らばった」という意味を持ち、伝統的なヴァルナ(カースト)制度の外に位置する人々を指していました。彼らは「アウトカースト」とも呼ばれ、社会的な活動や寺院への参拝、井戸からの水の汲み取りなど、基本的な人権を制限されていました。
カースト制度とダリット
カースト制度は、古代インドの社会構造を形成する重要な要素でした。この制度は、ブラーマナ(司祭階級)、クシャトリヤ(戦士階級)、ヴァイシャ(商人階級)、シュードラ(奴隷階級)の4つのヴァルナに分けられていました。しかし、ダリットはこれらのいずれにも属さず、社会の最底辺に位置づけられていました。
ダリットの社会的地位
ダリットは、清潔さや純粋さを重んじるヒンドゥー教の観点から「不浄」と見なされ、多くの場合、街の外れや村の隅に隔離された地域に住むことを余儀なくされていました。彼らは、皮なめしや清掃などの「不浄」とされる職に従事することが多く、他のカーストの人々との交流は厳しく制限されていました。
改革運動とダリット
20世紀の変化
20世紀に入ると、ダリットの地位向上を目指す多くの改革運動が起こりました。特に、B.R.アンベードカル博士は、ダリットの権利向上のために尽力し、インド憲法の起草者としても知られています。彼の努力により、ダリットは「予定カースト」として法的に認識され、教育や職業における特権を与えられました。
ダリット運動の変容
1960年代から1970年代にかけて、ダリット運動の性格が変わり始めました。特に1972年には、マハラシュトラ州で文化的・文学的な運動として始まったダリットパンサーズが政治運動へと変貌を遂げました。彼らは資本主義を批判し、議会制度をボイコットし、社会経済の再構築を呼びかけました。
現代の状況
現代インドでは、カーストに基づく差別は法律で禁止されていますが、社会的な偏見や差別は根強く残っています。ダリットは今もなお、経済的、社会的な不平等に直面しており、彼らの権利と地位の向上はインド社会における重要な課題となっています。
国際的な取り組み
国際社会でも、ダリットの権利向上に向けた取り組みが行われています。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)などの国際機関が、ダリットの差別問題を取り上げ、国際的な認識を高めるための活動を行っています。
女性とダリット
ダリットの中でも特に女性は、性的暴力、人身売買、早婚や強制労働など、さらに深刻な問題に直面しています。女性と少女は、特に脆弱であり、有害な文化的慣習の犠牲になりやすいとされています。
ダリット差別は、インド社会における長い歴史を持ち、現代においても完全には解消されていません。法的な改善が進んでいる一方で、社会的な偏見や差別は依然として存在し、ダリットの権利と地位の向上は、引き続きインド社会における重要な課題です。