げんざんにいる/見参に入る
このテキストでは、古文単語「
げんざんにいる/見参に入る」の意味、活用、解説とその使用例を記している。
成り立ち
名詞「見参」と動詞「入る」が一語になったもの。
連語
「見参に入る」は、「入る」が
①ラ行四段活用(自動詞)
②ラ行下二段活用(他動詞)
の場合とで意味が異なる。
①ラ行四段活用
未然形 | げんざんにいら |
連用形 | げんざんにいり |
終止形 | げんざんにいる |
連体形 | げんざんにいる |
已然形 | げんざんにいれ |
命令形 | げんざんにいれ |
■意味:自動詞
高貴な人にお目にかかる。
[出典]:厳島御幸 平家物語
「鳥羽殿へ参つて、法王の見参に入らばやと思し召すは、いかに。」
[訳]:鳥羽殿に参上して、(後白河)法皇にお目にかかりたいとお思いになるのは、いかがだろうか。
②ラ行下二段活用
未然形 | げんざんにいれ |
連用形 | げんざんにいれ |
終止形 | げんざんにいる |
連体形 | げんざんにいるる |
已然形 | げんざんにいるれ |
命令形 | げんざんにいれよ |
■意味
(人や物を高貴な人に)
お目にかける、御覧に入れる。
[出典]:
木曾最期 平家物語
「日頃は音にも聞きつらん、今は目にも見給へ。木曽殿の御乳母子、今井四郎兼平、生年三十三にまかりなる。さる者ありとは鎌倉殿までも知ろし召されたるらんぞ。兼平討つて
見参に入れよ。」
[訳]:普段は(私のことを)噂でも聞いて知っているだろう、(そしてその私を)今は御覧あれ。木曽殿の乳母の子、今井四郎兼平、年は三十三になる。このような者がいることは鎌倉殿までもご存知であろう。兼平を討ち取って(頼朝に)
お目にかけよ。