ビザンツ皇帝からの自立
カトリック教会は、西ローマ帝国の滅亡後、
アリウス派を信仰するゲルマン民族に囲まれ、その保護を
ビザンツ皇帝に頼っていました。
しかし、首位権の争いが激しくなるにつれて、ビザンツ皇帝の権力を後ろ盾にした
コンスタンティノープル教会が、カトリックの権威を否定し始めます。
このような状況に危機感を覚えた教皇
グレゴリウス1世(在位590~604)は、ビザンツ皇帝の支配から自立しようと考え始めます。
(グレゴリウス1世)
修道院と布教活動
グレゴリウス1世は、ビザンツ皇帝に変わるカトリックの守護者として、
フランク族に接近します。カトリックは更に、様々なゲルマン民族に布教活動を行いました。
この時、布教活動に重要な役割を果たしたのが、
修道院でした。
修道院とは、伝道師となる
修道士の養成機関で、西方教会の修道院は「
貞潔・清貧・服従」という掟がありました。
なかでも、529年に
ベネディクトゥスという修道者がイタリアの
モンテ=カシノ山に開いたベネディクトゥス派修道院が、西ヨーロッパ布教活動の中心でした。
(ベネディクトゥス)