現代語訳(口語訳)
是(ここ)に於ひて、舎人相与(とも)に諫(いさ)めて曰はく、
そこで(藺相如に)仕える者たちは、皆諌めて言いました。
「臣の親戚を去りて君に事(つか)ふる所以の者は、徒(た)だ君の高義を慕へばなり。
「私が親族のもとを去ってあなた様に仕えている理由は、ただあなた様の高徳を慕ってのことです。
今君廉頗と列を同じくし、廉君悪言を宣(の)ぶれば、君畏れて之に匿れ、恐懼(きようく)すること殊(こと)に甚だし。
いまあなた様は廉頗将軍と序列を同じくしておられ、廉頗将軍が悪口を述べられていますが、あなた様は(廉頗将軍を)恐れて隠れ、恐れて畏まること、ことさらに甚だしいものがあります。
且つ庸人すら尚ほ之を羞づ。
しかも(このようなことは)凡人ですら恥ずかしいと思うのです。
況(いは)んや将相に於いてをや。
まして将軍や宰相においてはなおさら(恥ずかしく思うはず)です。
臣等不肖なり。
我々は愚かです。
請ふ辞し去らん。」と。
どうか仕事を辞めさせてください。」と。
藺相如固く之を止めて曰はく、
藺相如は、強く彼らを止めて言うことには、
「公の廉将軍を視ること、秦王に孰与(いず)れぞ。」と。
「あなたから廉将軍をみて、秦王とどちらが上か。」と。
曰はく、
(舎人たちが)言うことには、
「若(し)かざるなり。」と。
「(廉将軍は秦王には)及びません。」と。
相如曰はく、
(藺)相如が言うことには、
「夫(そ)れ秦王の威を以てしても、相如之を廷叱(ていしつ)して、其の群臣を辱む。
「そもそも秦王の威厳をもってしても、私は(完璧帰趙や澠池之会でのやりとりにおいて)朝廷の面前でしかりつけ、秦王の家臣たちを辱めたのです。
相如駑(ど)なりと雖(いへど)も、独り廉将軍を畏れんや。
私は愚かではあるが、(秦王にすら屈さない私が)どうして廉将軍を怖れようか、いや、ない。
顧(た)だ吾之を念(おも)ふに、彊秦(きょうしん)の敢へて兵を趙に加へざる所以の者は、徒だ吾が両人の在るを以てなり。
しかし私が思うに、強国である秦があえて趙に兵を向けない理由はただ、我々二人(藺相如と廉頗)がいるからである。
今両虎共に闘はば、其の勢ひ俱(とも)には生きざらん。
いま二匹の虎(藺相如と廉頗)がともに戦ってしまうと、成り行きは、共に生き残ることはできないであろう。
吾の此(これ)を為す所以の者は、国家の急を先にして、私讎(ししゅう)を後にするを以てなり。」と。
私がこのように(廉頗から避けている)する理由は、国家の危機を先にして、個人的な恨みを後にしているからなのだ。」と。
廉頗之を聞き、肉袒(にくたん)して荊を負ひ、賓客(ひんかく)に因りて、藺相如の門に至り、罪を謝して曰はく、
廉頗はこれを聞いて、上半身裸になり、罪人を罰するためのいばらのむちを背負い謝罪の意を表して、客人として待遇されている人に取り次ぎを頼んで、藺相如の屋敷に出向いて、自身の罪を謝罪して言うことには、
「鄙賤(ひせん)の人、将軍の寛なることの此(ここ)に至るを知らざりしなり。」と。
「品がなく身分の低い人間(である私)は、藺将軍の心がここまで寛大であることに気が付きませんでした。」と。
卒(つひ)に相与に驩(よろこ)びて刎頸(ふんけい)の交はりを為す。
こうして互いに友人となって、刎頸の交わりを交わしたのです。
単語・文法解説
| 舎人 | 主人に仕える従者 |
| 高義 | 高徳 |
| 恐懼 | 恐れて畏まること |
| 庸人 | 凡人 |
| 将相 | 将軍や宰相 |
| 況於将相乎 | 「況於A」で、前文をうけて、「ましてAならなおさらである」と訳す |
| 廷叱 | 朝廷で多くの人の面前でしかること |
| 独畏廉将軍哉 | 「独A哉」で「Aすることがあろうか、いやしない」と反語を表す |
| 肉袒負荊 | 上半身裸になり、罪人を罰するためのいばらのむちを背負うこと。自身を罰して欲しいという謝罪を表す行為 |
| 鄙賤 | 「品がない人間、身分の低い者」を指す言葉 |
| 驩 | 友人となること |
| 刎頸の交わり | 互いに首をはねられても文句のないほど親密な付き合いの例え |
著者情報:走るメロスはこんな人
学生時代より古典の魅力に取り憑かれ、社会人になった今でも休日には古典を読み漁ける古典好き。特に1000年以上前の文化や風俗をうかがい知ることができる平安時代文学がお気に入り。作成したテキストの総ページビュー数は1,6億回を超える。好きなフレーズは「頃は二月(にうゎんがつ)」や「月日は百代の過客(くゎかく)にして」といった癖のあるやつ。早稲田大学卒業。