ユスティニアヌスの国内政策
対外的に拡大政策を取っていったユスティニアヌスですが、国内でも様々な政策を行いました。
まず、首都のコンスタンティノープルに
ハギア=ソフィア(聖ソフィア)聖堂という壮麗な寺院を建立します。この大聖堂は大きな円屋根があり、当時の
ビザンツ式建築の代表例として有名な建物です。
(ハギア=ソフィア)
(ハギア=ソフィア内部)
また、ユスティニアヌスは階級によってではなく能力や功績によって様々な人材を登用した皇帝でもありました。
彼の有名な臣下で、
トリボニアヌスという著名な法学者がいます。ユスティニアヌスはトリボニアヌスに古代から続くローマの法律を編纂することを命じ、『
ローマ法大全』という書物にまとめさせました。
経済的にも、農業や商工業を奨励し、
養蚕業つまりカイコの養殖を導入したと言われています。養蚕の導入はビザンツの名産品として絹製品を生み出し、以後ビザンツ帝国の経済を支えるようになります。
ユスティニアヌスの死後
精力的に領土の拡張を行ったユスティニアヌス帝ですが、その死後ビザンツ帝国は次第に勢力が衰えていきます。
広大な領土を維持するために、重税が課された領民の不満が蓄積していきました。また、宗教上の理由から、キリストに神性のみを認める立場をとる
単性論派の領民の反乱が相次ぎました。
一方対外的にも、北イタリアの
ロンバルド族、東方の
ササン朝ペルシア、バルカン半島の
アヴァール人の侵攻などの戦いが続き、領土が徐々に縮小してきます。