彼女は、ユスティニアヌスが皇帝に即位してから5年目に起きた市民の反乱を夫とともに鎮圧し、その後のユスティニアヌスの対外政策に大きな影響を与えました。
この時の有名なエピソードがあります。
市民の反乱は後にニカの反乱と呼ばれますが、これは当時の重税に不満を募らせた市民たちが勝利の女神にちなんでニカ(勝て!)と叫びながら暴徒化した事件でした。
この暴動に怖気付いたユスティニアヌスは、即座に逃げ出そうと港へ向かいます。この時、夫の様子を見たテオドラはこう諭したと言われています。
「陛下が逃げたいとおっしゃるならそうすればいいでしょう。目の前には船が、私たちには有り余る財があります。しかし、逃げたところでどうなるでしょう。「帝位は最高の死装束である」とういう古の言葉が尊いと感じませんか。」
これを聞いたユスティニアヌスは、暴徒を鎮圧し、反乱を収めたと言われています。
その後ユスティニアヌスは、対外的に様々な外敵と戦い、諸地域を征服していきます。
まず534年には北アフリカにあった
ヴァンダル王国を滅ぼします。
ついで555年に、イタリア半島の
東ゴート王国を征服、隣の
西ゴート王国からはイベリア半島の一部を獲得します。
(東ゴートの征服)
また東方の
ササン朝ペルシアとも戦い、帝国の領土を拡張していきます。