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マキャベリズムとは わかりやすい世界史用語2609 |
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著作名:
ピアソラ
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マキャヴェリズムとは
マキャヴェリズムという言葉は、政治、権力、そして人間関係における冷徹な計算、狡猾さ、そして道徳的不誠実さを連想させる、強烈な響きを持っています。この言葉は、ルネサンス期フィレンツェの思想家ニッコロ・マキャヴェリ、特に彼の主著『君主論』に由来し、一般的には「目的のためには手段を選ばない」という非情な権謀術数を指すものとして理解されています。しかし、この単純化されたレッテルは、マキャヴェリ自身の複雑な思想と、その思想が後世に与えた多岐にわたる影響の全体像を捉えきれていません。
マキャヴェリズムは、単なる政治的な策略の代名詞にとどまらず、西洋思想史における一大転換点を画する概念でもあります。それは、政治という領域を、神学や伝統的な道徳の支配から解放し、それ自体が持つ独自の法則性、すなわち「国家理性」に基づいて分析しようとする、近代的な視点の萌芽でした。また、この言葉は時代を経て、政治の文脈を離れ、心理学の領域においても、他者を巧みに操り、自己の利益を追求する特定のパーソナリティ特性を指す用語として新たな意味を獲得しました。
したがって、マキャヴェリズムを深く理解するためには、その言葉に付着した悪名高いイメージの源流を探り、マキャヴェリ自身の著作、特に『君主論』で展開された思想の核心に迫る必要があります。さらに、その思想がどのように解釈され、歪曲され、そして応用されてきたのか、その歴史的変遷を追跡し、さらには心理学的な概念としてのマキャヴェリズムの本質を明らかにすることが不可欠です。この多角的な探求を通じて初めて、マキャヴェリズムという言葉が持つ、光と影に満ちた複雑な全体像が浮かび上がってくるのです。
マキャヴェリとその時代
マキャヴェリズムという概念の根源を理解するためには、その名を冠する人物、ニッコロ=マキャヴェリが生きた時代と、彼がその中で経験した政治的現実を避けて通ることはできません。彼の思想は、書斎の中で生まれた抽象的な思弁ではなく、ルネサンス期イタリアの激動と混乱の中から絞り出された、生々しい実践の知でした。
ルネサンス期イタリアの政治状況
マキャヴェリが生きた15世紀末から16世紀初頭にかけてのイタリアは、輝かしい文化の爛熟と、深刻な政治的脆弱性が同居する、矛盾に満ちた土地でした。フィレンツェ、ヴェネツィア、ミラノ、ナポリ、そして教皇領といった主要な国家が、互いに合従連衡を繰り返しながら、絶え間ない権力闘争を繰り広げていました。これらの国家は、内部に強力な統一権力を持たず、しばしば富裕な市民層、貴族、そして傭兵隊長たちの利害対立によって引き裂かれていました。
さらに深刻だったのは、イタリアが、統一された国民国家を形成しつつあったフランスやスペインといった、より強大な外部勢力の格好の標的となっていたことです。1494年のフランス王シャルル8世による侵攻を皮切りに、イタリア半島はヨーロッパ列強の草刈り場と化し、イタリアの諸侯たちは、自らの野心のために外国軍を安易に引き入れ、結果として祖国の独立を蝕んでいきました。
このような状況下で、伝統的なキリスト教道徳や騎士道精神は、もはや現実の政治を動かす力を持っていませんでした。権力は、軍事力、富、そして何よりも欺瞞や裏切りを含む冷徹な計算によって獲得され、維持されるものでした。マキャヴェリは、フィレンツェ共和国の外交官として、この剥き出しの権力闘争の現実を目の当たりにし、理想論がいかに無力であるかを痛感したのです。
マキャヴェリの政治経験と『君主論』
1498年から1512年にかけて、マキャヴェリはフィレンツェ共和国の第二書記局長として、外交と軍事の最前線で活動しました。彼は、フランス王ルイ12世の宮廷や神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世のもとへ使節として赴き、そして何よりも、教皇アレクサンデル6世の息子であるチェーザレ・ボルジアの行動を間近で観察する機会を得ました。
チェーザレ・ボルジアは、マキャヴェリにとって、新しい時代の君主像を体現する存在でした。チェーザレは、自らの野望のためには、残酷さ、裏切り、欺瞞といった手段を躊躇なく用いました。しかし、その行動は単なる気まぐれな暴力ではなく、ロマーニャ地方を統一し、そこに秩序をもたらすという、明確な政治的目的(国家の創設)に向けられていました。マキャヴェリは、チェーザレの非情なまでの決断力と、運命(フォルトゥナ)を自らの力量(ヴィルトゥ)でねじ伏せようとする意志の力に、畏怖の念を抱きました。
1512年、メディチ家がフィレンツェに復帰すると、マキャヴェリは公職を追われ、失意のうちに隠棲生活を送ることになります。この政治の舞台からの強制的な退場が、彼に、自らの経験と古代史の研究を統合し、権力の本質について思索する時間を与えました。その結晶が、1513年に執筆された『君主論』です。
『君主論』は、君主が国家を創設し、維持するためには、伝統的な善悪の基準を超越しなければならない時があると説きました。「愛されるよりも恐れられる方が安全である」と述べ、君主は必要とあらば、信義を破り、非情になることを躊躇してはならないと主張しました。彼は、政治の世界を、道徳が支配する領域とは別の、それ自体の法則を持つ領域として描き出したのです。この、政治と道徳の分離こそが、後に「マキャヴェリズム」と呼ばれる思想の核心であり、西洋思想史における画期的な一歩でした。
政治思想としてのマキャヴェリズム
一般的に理解されている「権謀術数」というイメージを超えて、政治思想としてのマキャヴェリズムは、より深く、体系的な内容を持っています。それは、人間性に対する冷徹な見方、政治におけるリアリズムの追求、そして国家の存続を至上の価値とする「国家理性」の概念に基づいています。
人間性の悲観的洞察
マキャヴェリズムの思想の根底には、人間性に対する一貫して悲観的な見方があります。マキャヴェリは『君主論』の中で、「人間というものは、一般的に、恩知らずで、移り気で、偽善的で、危険を避け、利益に貪欲なものである」と断じています。人々は、恐怖によって支配されない限り、自らの利己的な欲望に従って行動し、君主が危機に陥れば容易に裏切る存在だと考えました。
この人間観は、プラトンやアリストテレス以来の、人間を理性的で社会的な存在として捉える古典的な政治哲学や、人間の原罪を説きつつも神の恩寵による救済を信じるキリスト教神学とは一線を画すものです。マキャヴェリにとって、政治は、不完全で利己的な人間をいかに統治し、社会の秩序を維持するかという、極めて現実的な課題でした。したがって、君主は、人々の善意や愛情といった不確かなものに期待するのではなく、彼らの利己心や恐怖心といった、より確実な情念に訴えかけなければならないのです。この人間性への不信が、マキャヴェリが非情な手段を正当化する論理的な出発点となりました。
政治的リアリズムと有効性の倫理
マキャヴェリズムの最も革新的な側面は、政治的リアリズムの徹底した追求にあります。マキャヴェリは、政治を「あるべき姿」ではなく、「あるがままの姿」で捉えようとしました。彼は、現実には存在しない理想的な共和国を夢想するのではなく、現実の権力闘争の中で、いかにして国家を維持し、成功を収めるかという実践的な問いに焦点を当てました。
このリアリズムは、伝統的な倫理観からの決別を意味しました。従来の倫理が、行為の「意図」や、それが普遍的な道徳律に合致しているかどうかを問題にしたのに対し、マキャヴェリは、行為の「結果」を重視しました。彼が導入したのは、いわば「有効性の倫理」です。ある政治的行為が善いか悪いかは、それが道徳的に正しいかどうかではなく、それが国家の維持と繁栄という目的を達成するために有効であるかどうかによって判断されるべきなのです。
例えば、君主が残酷さを用いることは、それ自体は悪です。しかし、その残酷な行為が、より大きな混乱や内乱を防ぎ、結果として多くの人々の生命と財産を救うのであれば、その行為は政治的に「善い」ものとなり得ます。逆に、君主が慈悲深さから反乱分子を赦免し、その結果として国家が崩壊の危機に瀕するならば、その慈悲は政治的な「悪」となります。このように、マキャヴェリズムは、政治の世界における独自の価値基準を打ち立て、政治的行為をその有効性という観点から評価することを可能にしたのです。
国家理性の概念
マキャヴェリズムは、後に「国家理性」として知られることになる思想の先駆けでした。国家理性とは、国家の存続、安全、そして発展が、他のいかなる道徳的、宗教的、法的な配慮にも優先する至上の目的である、という考え方です。この論理によれば、国家の利益を守るためであれば、君主は、平時であれば非難されるような行為、例えば、条約の破棄、欺瞞、さらには暴力の行使さえも正当化されることになります。
マキャヴェリ自身は「国家理性」という言葉を直接用いてはいませんが、『君主論』全体がこの思想を体現しています。彼が君主に、必要とあらば信義を破り、非情になることを勧めるのは、まさに国家の維持という至上の目的のためです。君主個人の道徳や魂の救済よりも、彼が責任を負う国家共同体の存続の方が、はるかに重要な価値を持つと考えられたのです。
この思想は、中世ヨーロッパの、教会の権威が世俗の権力に優越するという普遍主義的な世界観からの決定的な離脱を意味しました。マキャヴェリは、主権を持つ領域国家が、自らの存続のために独自の論理で行動する、近代的な国際政治の姿を予見していました。国家理性の概念は、後のリシュリュー枢機卿やフリードリヒ大王といった絶対君主たちによって、自らの政策を正当化する理論的支柱として大いに活用されることになります。
ヴィルトゥとフォルトゥナ
マキャヴェリズムを理解する上で欠かせないのが、「ヴィルトゥ(力量)」と「フォルトゥナ(運命)」という二つの対概念です。
「ヴィルトゥ」は、単なる道徳的な「徳」とは異なります。それは、君主が政治の世界で成功するために必要な、あらゆる能力の総体です。勇気、決断力、知性、先見性、そして必要とあらば冷酷になれる非情さまでをも含む、極めて実践的な力量を指します。それは、変化し続ける状況に柔軟に対応し、好機を逃さず捉える能力です。
一方、「フォルトゥナ」は、人間の力を超えた、予測不可能で気まぐれな運命の力を象徴します。マキャヴェリはフォルトゥナを、全てを押し流す激しい川や、気まぐれな女神に喩えました。人間の営みは、常にこのフォルトゥナの力に晒されています。
マキャヴェリズムにおける政治とは、君主が自らの「ヴィルトゥ」を最大限に発揮して、この「フォルトゥナ」を飼いならし、支配しようとする、壮絶な闘争の場です。フォルトゥナが人間の行動の半分を支配するとしても、残りの半分は人間の自由意志、すなわちヴィルトゥに委ねられています。優れた君主とは、幸運な時に驕ることなく、不運の時に備えて堤防を築き、そしていざという時には、慎重さよりも大胆な行動(インペトゥオ)によって、運命の女神を力ずくで従わせようとする者なのです。この思想は、人間の能動的な力を強調する、ルネサンス期らしい人間中心主義的な世界観を反映していると同時に、政治の非情な現実を直視するリアリズムの表れでもありました。
「黒い伝説」の形成と歴史的変遷
マキャヴェリの死後、特に『君主論』が出版されると、その思想はヨーロッパ中に衝撃を与え、激しい拒絶反応を引き起こしました。こうして、マキャヴェリズムは、本来の複雑な思想内容から切り離され、悪魔的な権謀術数の代名詞へと変貌していく「黒い伝説」が形成されていきました。
宗教改革と反マキャヴェリズム
マキャヴェリズムに対する最初の、そして最も激しい攻撃は、宗教界から浴びせられました。カトリック教会は、マキャヴェリが政治を道徳や宗教から切り離し、教皇庁をイタリア分裂の原因として非難したことを問題視しました。1559年、カトリック改革(対抗宗教改革)の波の中で、『君主論』は禁書目録の筆頭に加えられ、マキャヴェリは無神論者、悪魔の教師として断罪されました。
興味深いことに、プロテスタント側もまた、マキャヴェリを激しく非難しました。彼らは、マキャヴェリズムを、カトリック教会、特にイエズス会が用いる陰湿な策略と結びつけました。また、フランスのユグノー(プロテスタント)たちは、1572年のサン・バルテルミの虐殺を、カトリーヌ・ド・メディシスが『君主論』の教えを実践した結果であると非難し、マキャヴェリを暴政の理論家として攻撃しました。
このように、カトリックとプロテスタントは互いに対立しながらも、マキャヴェリを非難するという点では一致していました。彼は、宗教的対立が激化する時代の中で、双方から自らの敵の思想的源泉として利用される、便利なスケープゴートとなったのです。この過程で、「マキャヴェリズム」という言葉は、不誠実、無神論、暴政といった、あらゆる否定的な価値観を内包するレッテルとして定着していきました。
エリザベス朝演劇における「マキャヴェル」
マキャヴェリズムの「黒い伝説」が、大衆文化のレベルで最も広く浸透したのは、16世紀末から17世紀初頭にかけてのイングランドでした。特に、シェイクスピアやクリストファー・マーロウといった劇作家たちの作品に登場する「マキャヴェル」と呼ばれる悪役キャラクターは、その典型です。
これらの演劇に登場するマキャヴェルは、プロローグで観客に向かって自らの邪悪な信条を独白し、陰謀を企て、毒殺や裏切りを楽しみ、宗教や道徳を嘲笑する、ステレオタイプな悪漢として描かれました。シェイクスピアの『リチャード三世』の主人公グロスター公(後のリチャード三世)が、自らを「殺人的なマキャヴェル」に擬する場面は、その象徴です。
これらのキャラクターは、マキャヴェリ自身の思想を正確に反映したものでは全くありませんでした。マキャヴェリが、国家の維持という公的な目的のために非情な手段を論じたのに対し、舞台上のマキャヴェルたちは、もっぱら自らの飽くなき権力欲や私的な復讐心のために悪事を働きます。しかし、このような単純化され、悪魔化されたイメージこそが、一般大衆の心に「マキャヴェリズム」の印象を深く刻み込むことになったのです。
啓蒙思想とマキャヴェリの再評価
18世紀の啓蒙時代に入ると、マキャヴェリズムに対する見方にも変化の兆しが現れます。スピノザやルソーといった思想家たちは、『君主論』を、君主に権謀術数を教えるための書ではなく、むしろ君主の圧政の手口を人民に暴露し、自由を守るための警告の書として読み解こうとしました。ルソーは『社会契約論』の中で、「マキャヴェリは君主に教えを垂れるふりをしながら、人民に偉大な教訓を与えたのだ。『君主論』は共和主義者の教科書である」と述べています。
また、プロイセンのフリードリヒ大王は、皇太子時代にヴォルテールの協力を得て『反マキャヴェリ論』を著し、マキャヴェリの非道徳性を啓蒙君主の立場から批判しました。しかし、皮肉なことに、彼自身が王位に就くと、シュレージエン侵攻など、まさにマキャヴェリ的な国家理性の論理に基づいて行動し、その言行不一致をヴォルテールに揶揄されることになります。このエピソードは、マキャヴェリズムが、たとえ公然と非難されながらも、現実の国際政治を動かす強力な論理として生き続けていたことを示しています。
近代国家とマキャヴェリズム
19世紀から20世紀にかけて、国民国家の形成、帝国主義、そして二つの世界大戦という激動の中で、マキャヴェリズムは新たな現実味を帯びてきます。
イタリア統一運動(リソルジメント)の中では、マキャヴェリは、イタリアを外国の支配から解放することを訴えた偉大な愛国者として再評価されました。『君主論』の最終章の情熱的な呼びかけは、イタリア国民の魂を鼓舞する預言の書として読まれました。
一方で、ドイツの歴史家たちは、マキャヴェリを、権力政治(マハトポリティーク)の冷徹な現実を直視した、近代的な国家学の創始者として位置づけました。彼らは、国家の自己保存と権力拡大が国際関係の基本原則であると考え、マキャヴェリの思想の中にその理論的先駆者を見出したのです。
20世紀の全体主義の台頭は、マキャヴェリズムの最も暗い側面を現実のものとしました。目的(イデオロギーの実現)が手段(大量虐殺やプロパガンダ)を正当化するという論理は、まさにマキャヴェリズムの極端な発露と見なされました。しかし同時に、現実主義的な国際政治学者たちは、マキャヴェリを、権力闘争が不可避である無政府的な国際社会の本質を理解するための、重要な思想的源泉として再発見しました。彼らは、道徳的な理想論だけでは国家の安全を守ることはできず、勢力均衡や国益の冷静な計算といった、マキャヴェリ的な思考が不可欠であると主張したのです。
心理学におけるマキャヴェリズム
20世紀後半になると、「マキャヴェリズム」という言葉は、政治の文脈を離れ、社会心理学とパーソナリティ心理学の領域で新たな専門用語として生まれ変わりました。ここでのマキャヴェリズムは、政治思想ではなく、対人関係における操作的で冷淡な行動スタイルを特徴とする、個人のパーソナリティ特性を指します。
マキャヴェリアン・パーソナリティの誕生
1970年、アメリカの心理学者リチャード・クリスティとフローレンス・L・ガイスは、『Studies in Machiavellianism』という画期的な著作を発表しました。彼らは、マキャヴェリの著作から、人間性に対する冷笑的な見方や、対人操作に関する記述を抜き出し、それらに同意するかどうかを尋ねる一連の質問項目を作成しました。この「マキャヴェリ尺度(Mach Scale)」を用いて、彼らは、人々の間に「マキャヴェリズム」の傾向に個人差があることを実証的に示したのです。
この研究によって定義された「マキャヴェリアン・パーソナリティ」は、主に三つの要素から構成されます。
対人操作戦術の使用: 他者を自己の目的達成のための道具と見なし、お世辞、欺瞞、脅迫といった様々な戦術を巧みに用いて他者を操ろうとする傾向。
人間性に対する冷笑的な見方: 人間は基本的に弱く、利己的で、信頼できない存在であるという、シニカルな人間観。
伝統的な道徳の無視: 自己の利益のためであれば、社会的なルールや倫理規範を無視することを厭わない、プラグマティックで非道徳的な態度。
高いマキャヴェリズム傾向を持つ人(高マキャヴェリアン)は、感情に流されず、冷静かつ計算高く、長期的な視点で自己の利益を追求する傾向があるとされます。彼らは、他者との間に情緒的な絆を築くことに関心が薄く、人々をカテゴリーやステレオタイプで判断しがちです。
ダークトライアド
2002年、心理学者のデルロイ・ポールフスとケビン・M・ウィリアムズは、マキャヴェリズムを、さらに二つの反社会的なパーソナリティ特性、すなわち「自己愛(ナルシシズム)」と「サイコパシー」と組み合わせ、「ダークトライアド(暗黒の三つの性格)」という概念を提唱しました。
ダークトライアドを構成する三つの特性は、互いに重なり合いながらも、それぞれ異なる特徴を持っています。
マキャヴェリズム: 計算高さ、長期的な計画性、そして目的志向の操作性。彼らの行動は、感情的な衝動よりも、冷静な利益計算に基づいています。
自己愛(ナルシシズム): 誇大性、優越感、賞賛への渇望。彼らの主な動機は、自我を維持し、高めることです。
サイコパシー: 高い衝動性、スリル追求、そして共感と罪悪感の欠如。彼らの行動は、しばしば短絡的で、反社会的なものになりがちです。
この三つの中で、マキャヴェリズムは最も「成功志向」であると言えます。サイコパシーが衝動的な破壊行動につながりやすいのに対し、マキャヴェリアンは、自らの評判を維持し、長期的な目標を達成するために、より巧妙で社会的に受け入れられやすい操作戦術を選択する傾向があります。彼らは、組織の階層を上り詰めたり、ビジネスで成功を収めたりするために、その知性と計算高さを駆使することがあります。
マキャヴェリズムという言葉は、その誕生から五世紀以上の時を経て、ニッコロ・マキャヴェリという一人の思想家の名前から、政治思想、歴史的現象、そして心理学的特性を包含する、極めて多層的で複雑な概念へと進化しました。それは、権力の本質をめぐる根源的な問いを投げかけ、道徳と現実の狭間で揺れ動く人間の姿を映し出す、強力なレンズとして機能し続けています。
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