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百人一首『音に聞く高師の浜のあだ波はかけじや袖のぬれもこそすれ』現代語訳と解説(掛詞、歌枕、縁語など) |
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著作名:
走るメロス
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音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ
このテキストでは、百人一首に収録されている歌「音に聞く高師の浜のあだ波はかけじや袖のぬれもこそすれ」のわかりやすい現代語訳・口語訳と解説(掛詞、歌枕、縁語、係り結び、句切れの有無など)、そして品詞分解を記しています。この歌は、百人一首の他に金葉和歌集にも収録されています。
※金葉和歌集では、第二句が「高師の浦の」となっています。
百人一首は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活動した公家・藤原定家が選んだ和歌集です。100人の歌人の和歌を、1人につき1首ずつ選んで作られています。
音に聞く (※1)高師の浜の (※2)あだ波は (※3)かけじや袖の (※4)ぬれもこそすれ
おとにきく たかしのはまの あだなみは かけじやそでの ぬれもこそすれ
評判の高い高師の浜のあだ波には、かからないようにしようと思います。袖が濡れると困りますから。そして同じように浮気者と名高いあなたに思いをかけたりはしますまい。波(涙)で袖が濡れると困りますから。
この歌の詠み手は、平安時代後期の女流歌人祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけ の きい)です。後朱雀天皇の第一皇女「祐子内親王」の女房を務めました。
金葉和歌集によると、1102年に歌合せ(堀河院艶書合)が開催されました。歌合せのテーマは「恋の歌」。男性側がまず歌を詠み、それに女性陣が応えるという歌合せでした。このときの祐子内親王家紀伊の相手は藤原俊忠。彼の詠んだ「人しれぬ 思ひありその 浦風に 波のよるこそ 言はまほしけれ」の返歌としてこの歌は生まれました。
(※1)高師 | 現在の大阪府堺市西区浜寺の海岸 |
(※2)あだ波 | 大した風もないのにやたらと立ち騒ぐ波。変わりやすい人の心を例えるのに用いられる。 |
「高師」が歌枕。歌に詠み込まれている名所のことを歌枕という。以下に例を記す。
【逢坂の関】
これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関
【生駒山】
君があたり見つつを居らむ生駒山雲な隠しそ雨は降るとも
「(※1)高師」は、地名の「高師」と「評判が高い」を意味するク活用の形容詞「たかし」を掛けている。
「(※3)かけ」は、「思いをかける」と「浴びせかける」の意味を掛けている。
「(※4)ぬれ」は袖が「波に濡れる」と「涙で濡れる」の意味を掛けている。
「音」と「波」が縁語。
「波」、「かけ」、「ぬれ」が縁語。
「ぬれ」と「袖」が縁語
※「縁語(えんご)」とは、和歌の修辞技法のひとつ。ひとつの和歌にある言葉と、意味や音声の上で関連のある言葉を用いて表現に幅をもたせる技法。
四句切れ。
※名詞は省略しています。
音 | ー |
に | 格助詞 |
聞く | カ行四段活用「きく」の連体形 |
高師 | ー |
の | 格助詞 |
浜 | ー |
の | 格助詞 |
あだ波 | ー |
は | 係助詞 |
かけ | カ行下二段活用「かく」の未然形 |
じ | 打消意志の助動詞「じ」の終止形 |
や | 間投助詞 |
袖 | ー |
の | 格助詞 |
ぬれ | ラ行下二段活用「ぬる」の連用形 |
も | 係助詞 |
こそ | 係助詞・係り結び |
すれ | 補助動詞・さ行変格活用「す」の已然形 |
学生時代より古典の魅力に取り憑かれ、社会人になった今でも休日には古典を読み漁ける古典好き。特に1000年以上前の文化や風俗をうかがい知ることができる平安時代文学がお気に入り。作成したテキストの総ページビュー数は1,6億回を超える。好きなフレーズは「頃は二月(にうゎんがつ)」や「月日は百代の過客(くゎかく)にして」といった癖のあるやつ。早稲田大学卒業。
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