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18_80 世界市場の形成とアジア諸国 / オスマン帝国

オスマン帝国の歴史 ② ~スレイマン1世とウィーン包囲~

著者名: エンリケ航海王子
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スレイマン1世の時代

次の第10代スルタンスレイマン1世(在位1520~1566)の時代に、帝国は最盛期を迎えます。

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(スレイマン1世)

まず、スレイマンはバルカン地方の制圧にあたり、モハーチの戦いでハンガリー王を敗死させ、支配領域を広げ、以後160年にわたりこの地は帝国の領土になります。

続いて、1529年にはヨーロッパ侵攻を本格化させ、神聖ローマ帝国の首都ウィーンを包囲します。この出来事を第1次ウィーン包囲といい、12万人の軍人が一ヶ月にわたり首都を包囲しました。寒さのため、スレイマンの軍勢は撤退を決断しますが、この時以来、ヨーロッパはオスマン帝国を危険視し、「トルコの脅威」として認識されるようになりました。

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(第1次ウィーン包囲)

1533年には北アフリカ、1534年にはタブリーズ・バグダードを制圧し、イラン・イラク地方を支配下に置きます。

そして、1538年にギリシア西岸の地でプレヴェザの海戦が起こり、オスマン帝国海軍は、スペイン・ヴェネツィア・ローマ教皇の連合軍を破ります。

このように、1571年にレパントの海戦で敗れるまで、オスマン帝国は広大な地域を支配するようになりました。
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『世界史B 用語集』 山川出版社
『詳説世界史研究』 山川出版社
『教科書 世界史B』 山川出版社

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