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17_80 原始・古代の社会・文化と東アジア / 飛鳥時代・奈良時代

憲法十七条とは?「和を以て貴しとなす」の本当の意味をわかりやすく解説【1分でわかる日本史】

著者名: かわちゃん
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憲法十七条(けんぽうじゅうしちじょう)とは、日本最初の成文法とされる十七か条の法です。604年に厩戸王(聖徳太子)が定めたと伝えられ、「十七条憲法」とも呼ばれます。この記事では、「憲法」なのに国民向けではなかった理由から、第一条「和を以て貴しとなす」の意味、後世成立説の現在地までを、「1分でわかる要約」と「深掘り解説」の2段構成でまとめました。

この記事は2段構成です。最初の「1分でわかる憲法十七条」だけで、要点がつかめます。

さらに深掘りでは、次の3つの謎を考察していきます。

・「憲法」なのに、国民向けではない理由

・第一条「和」のメッセージの相手は誰か

・「後世の創作」説は、どこまで本当か


1分でわかる憲法十七条


憲法十七条とは、一言でいえば、役人と豪族に向けた「心得と道徳」の十七か条です。

第一条は「和を以て貴しとなす」

『日本書紀』に全文が載る十七の条文の最初が、「和」を何より大切にせよという教えです。書き下しでは「一に曰はく、和なるを以て貴しとし、忤ふること無きを宗とせよ」。争いを避け、和を第一とせよと説きます。

国民向けではなく、役人・豪族向け

現代の憲法のように国民の権利を定めたものではありません。「篤く三宝(仏・法・僧)を敬え」(第二条)も「天皇の詔(みことのり)に従え」(第三条)も、豪族や役人たちへの注文です。ここが試験でいちばん問われる違いです。

道徳だけでなく、実務のルールも

第十二条は、地方の役人が勝手に民から税を取り立てることの禁止。第十七条は「重要なことは独断で決めず、必ずみんなで議論せよ」。心得にとどまらない、行政ルールの顔も持っています。


604年という年は、603年の冠位十二階と607年の遣隋使のあいだ。個人を位で序列づけ、心得を示し、外の世界と渡り合う——推古朝の国づくりの真ん中に、この十七か条は置かれています。

おまけトリビア

第十七条の「独断で決めるな、必ずみんなで議論せよ」は、いまの会議のルールそのもの。1400年前の日本に、すでに合議の作法が明文化されていたんです。


ここから深掘り


ここまでが1分の要約です。ここからは、憲法十七条をもう一歩深く知りたい方向けに解説します。

憲法十七条の背景


推古朝の朝廷にとっての課題は、豪族たちを「家」の論理から「官人(役人)」の論理へ移すことでした。603年の冠位十二階が個人にランクを与える仕組みなら、604年の憲法十七条はその心構えを示すテキストです。条文は漢文で書かれ、儒教・仏教・法家など大陸の思想が織り込まれています。

内容と流れ


内容の要旨
第一条和を貴び、争わないことを旨とせよ
第二条篤く三宝(仏・法・僧)を敬え
第三条天皇の詔を承けたら必ず謹んで従え
第十二条地方役人が勝手に税を取り立てることの禁止
第十七条重大事は独断せず、必ず皆で議論せよ


出典は『日本書紀』の推古天皇12年(604年)の条です。「日本最初の成文法」とされる位置づけで、のちの時代の法や規範にも影響を与えたとされます。

史実と学説


呼び方は資料によって割れています。教科書・受験系の辞典(山川日本史小辞典・旺文社日本史事典など)は「憲法十七条」、百科事典系は「十七条憲法」が主流。この記事は教科書系に合わせています。読みも「じゅうしちじょう」が辞典の標準です。

そして最大の論点が、成立をめぐる議論です。「『日本書紀』の編纂のころに作られたものではないか」という説は江戸時代からあります。ただし、この説に触れる辞典類の評価は一貫して慎重で、「根拠はあまり有力とはいえない」「必ずしも説得的ではない」とし、かといって「全文を後の偽作と断定することもできない」——つまり定説はありません。だからこの記事も「厩戸王(聖徳太子)が定めたと伝えられる」という書き方をしています。

制定年にも異説があります。『日本書紀』は604年としますが、605年説・602年説を伝える史料もあり、「604年」は『日本書紀』に基づく年です。


トリビアの真相


第十七条の合議の教えは、「夫れ事は独り断むべからず」と、物事の独断を戒め、必ず衆と論じ合うことを求める内容です。第一条の「和」と対になって、十七か条の最初と最後が「みんなで決める」姿勢で締められている構成は、偶然にしてはよくできています。

もうひとつの意外な顔が第十二条の「私税の禁止」。地方の役人が民から勝手に税を取ることを禁じたもので、道徳の教科書のような条文群の中に、こうした具体的な行政規制が混ざっているのが憲法十七条の面白さです。

試験に出るポイント

604年制定(『日本書紀』)・制定者は厩戸王(聖徳太子)と伝えられる・対象は役人や豪族で「現代の憲法とは性質が異なる」が最頻出。第一条「和」・第二条「三宝」・第三条「詔」の3点セット、603年冠位十二階→604年憲法十七条→607年遣隋使の流れも定番です。

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日本史用語集 山川出版

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