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平家物語原文全集「少将乞請 1」 |
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著作名:
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丹波少将成経は、其の夜しも院御所法住寺殿にうへ臥して、未だ出でられざりけるに、大納言の侍共、急ぎ院御所へ馳せ参って、少将殿を呼び出だし奉り、この由申すに、
「などや宰相の許より、今まで知らせざるらん」
とのたまひもはてぬば、宰相殿よりとて使あり。この宰相と申すは、入道相国の弟なり。宿所は六波羅の惣門の内なれば、門脇の宰相とぞ申しける。丹波少将には舅なり。
「何事にて候やらん、入道相国のきっと西八条殿へ具し奉れと候ふ」
と言はせられたりければ、少将この事心得て、近習の女房達呼び出だし奉り、
「 夜辺何となう世の物騒がしう候しを、例の山法師の下るかなんど、よそに思ひて候へば、はや成経が身の上に候けり。大納言よりさりきらるべう候ふなれば、成経も同罪にてこそ候はんずらめ。今一度御前へ参って、君をも見参らせたく候へども、すでにかかる身に罷りなって候へば、憚り存じ候」
とぞ申されける。女房達御前へ参ってこの由奏せられければ、法皇おほきにおどろかせ給ひて、
「さればこそ。今朝の入道相国が使に、はや御心得あり。あは、これらが内々はかりし事のもれにけるよ」
とおぼしめすにあさまし。
「さるにてもこれへ」
と御気色ありければ、参られたり。法皇御涙を流させ給ひて仰せ下さるる旨もなし。少将も涙に咽んで申しあぐる旨もなし。ややあってさてもあるべきならねば、少将袖をかほにおしあてて、泣くなく罷り出でられけり。皇後はうしろを遥かに御覧じ送らせ給ひて、
「末代こそ心憂けれ。これ限りでまた御覧ぜぬ事もやあらんずらん」
とて、御涙を流させ給ふぞかたじけなき。院中の人々、少将の袖をひかへ、袂にすがって、名残ををしみ涙を流さぬはなかりけり。
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