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平家物語原文全集「鹿谷 3」
著作名: 古典愛好家
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平家物語

鹿谷

その頃の叙位・除目と申すは、院・内の御はからひにもあらず、摂政・関白の御成敗にも及ばず、ただ一向平家のままにてありしかば、徳大寺・花山院もなり給はず、入道相国の嫡男小松殿、大納言の右大将にておはしけるが左に移りて、次男宗盛、中納言におはせしが数輩(すはい)の上臈(じょうろう)を超越して、右にくははられけるこそ申すばかりもなかりしか。中にも徳大寺殿は、一の大納言にて、華族栄耀、才覚雄長、家嫡にてましましけるが、加階越えられ給ひけるこそ遺恨なれ。

「定めて御出家などやあらむずらむ」


と人々ナイナイは申しあへりしかども、暫く世のならむやうをも見むとて、大納言を辞し申し、籠居とぞ聞こえし。新大納言成親卿のたまひけるは、

「徳大寺・花山院に越えられたらむはいかがせむ、平家の次男に越えらるるこそやすからね。これもよろづ思ふさまなるがいたす所なり。いかにもして平家を滅ぼし、本望を遂げむ」


とのたまひけるこそ恐ろしけれ。父の卿は中納言までこそいたられしか。その末子にて位正二位、官大納言に上がり、大国あまた給わって、子息・所従朝恩に誇れり。何の不足にかかかる心つかれけん、これひとへに天魔(てんま)の所為とぞ見えし。平治にも越後中将とて、信頼卿に同心の間、既に誅(ちゅう)せらるべかりしを、小松殿やうやうに申して、首をつぎ給へり。しかるに、その恩を忘れて、外人もなき所に、兵具をととのへ、軍兵を語らひをき、その営みの外はまた他事なし。





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