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日清講和条約の内容とロシア・ドイツ・フランスが三国干渉をせまった理由 |
著作名:
早稲男
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日清戦争
日清戦争とは、日本と清国が朝鮮半島をめぐって起こった戦争のことです。
1894年7月から1895年3月まで繰り広げられました。結果は御存知の通り日本が清に勝ちましたが、その結果何がもたらされたのかについて説明します。
日清講和条約
戦争が終わった後は、勝利した国が敗戦国の処理をするのが世の常です。
日清戦争の後、日本は下関にて日清講和条約(下関条約)を結びます。
主な条約の内容は
■朝鮮を清国の属国から外し、完全な独立国とすること
当時朝鮮は清の朝貢国でしたので、これをやめさせることが目的でした。これによって朝鮮は、後の大韓帝国への1歩を踏み出すことになります。
■遼東半島、台湾、澎湖諸島など領土を日本に譲渡すること
遼東半島は、ちょうど清国と朝鮮半島が向かい合う場所に位置しています。これによって、清国を常に牽制する狙いがあったのでしょう。
■賠償金約3億円の支払い
■日本の最恵国待遇を認めること
最恵国待遇とは、清と他の国が、日本の条約よりもいい条件の条約を結んだ場合、必然的に日本とも他国と同じ条件の条約を結ぶようにするというものです。
三国干渉
当時、アヘン戦争の影響から清が弱体していたとはいえ、大国清を小国の日本が破ったというニュースは列強各国を激震させます。そしてさらに列強を驚かせたのは、遼東半島を日本が領土にしようとしている事実でした。
事実、ロシア・ドイツ・フランスは、遼東半島の返還を日本に迫る三国干渉を行なっています。
■ロシア
ロシアは当時、シベリア鉄道の建設の真っ最中でした。東は、現在の北朝鮮の国境付近まで鉄道を作り南下政策を進めていました。そのロシアは、遼東半島を日本に奪われることで、海への出口を失うことを恐れたのです。
■ドイツ
ドイツは正直、そこまで干渉に積極的ではありませんでした。しかし、ロシアとフランスが近づいてしまうことを恐れたこと、そしてロシアの注意を東に向けておけば、ヨーロッパでのトラブルも少なくなるだろうと考え、三国干渉を行いました。
■フランス
フランスはロシアと同盟を結んでおり、そのためにロシアと足並みを揃えました。
3国の対応からも分かる通り、ロシアが一番積極的であったことがわかります。三国の干渉によって日本は遼東半島の譲渡を諦めますが、これに日本国民は大反発。ロシアに対するイメージがどんどん悪くなり、日露戦争の直接のきっかけになったと言われています。
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