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『博打の子の婿入り(博打の子、聟入りの事)』 宇治拾遺物語 現代語訳と解説
著作名: 走るメロス
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『博打の子の婿入り』現代語訳・口語訳と分かりやすい解説

このテキストでは、宇治拾遺物語の一節『博打の子の婿入り(博打の子、聟入りの事)』の現代語訳と解説をしています。

原文

昔、博打の子の年若きが、目鼻一所に取り寄せたるやうにて、世の人にも似ぬありけり。ふたりの親、これいかにして世にあらせんずると思て有けるところに、長者の家にかしづく女のありけるに、顏よからん婿とらんと、母のもとめけるをつたへ聞きて、

「天(あめ)の下の顏よしといふ、「婿のならん」とのたまふ」


といひければ、長者、よろこびて、

「婿にとらん」


とて、日をとりて契てけり。その夜になりて、裝束など人にかりて、月はあかかりけれど、顏みえぬやうにもてなして、博打ども集りてありければ、ひとびとしくおぼえて、心にくく思ふ。

さて、夜々いくに、昼ゐるべきほどになりぬ。いかがせんと思ひめぐらして、博打一人、長者の家の天井にのぼりて、ふたりねたる上の天井を、ひしひしとふみならして、いかめしくおそろしげなる声にて、

「天の下の顏よし」


とよぶ。家のうちのものども、いかなることぞと聞きまどふ。婿、いみじくおぢて、

「おのれこそ、世の人「天の下の顏よし」といふと聞け。いかなることならん」


といふに、三度までよべば、いらへつ

「これはいかにいらへつるぞ」


といへば、

「心にもあらで、いらへつるなり」


といふ。鬼のいふやう、

「この家のむすめは、わが領じて三年になりぬるを、汝、いかにおもひて、かくは通ふぞ」


といふ。

「さる御事ともしらで、かよひ候つるなり。ただ御たすけ候へ」


といへば、鬼

「いといとにくきことなり。一ことして帰らん。なんぢ、命とかたちといづれか惜しき」


といふ。婿

「いかがいらふべき」


といふに、しうと、しうとめ

「なにぞの御かたちぞ。命だにおはせば。「ただかたちを」とのたまへ」


といへば、教へのごとくいふに、鬼

「さらば吸ふ吸ふ」


と云時に、婿、顏をかかへて、

「あらあら」


といひて、ふしまろぶ。鬼はあよび帰ぬ。さて

「顏はいかがなりたるらん」


とて、紙燭(しそく)をさして、人々見れば、目鼻ひとつ所にとり据ゑたるやうなり。婿は泣きて、

「ただ、命とこそ申べかりけれ。かかるかたちにて、世中にありてはなにかせん。かからざりつるさきに、顏を一たび見え奉らで、大かたは、かくおそろしき物に領ぜられたりける所に參りける、あやまちなり」


かことければ、しうと、いとほしと思て、

「此かはりには、我もちたる宝を奉らん」


といひて、めでたくかしづきければ、うれしくてぞありける。

「所のあしきか」


とて、別によき家を造りてすませければ、いみじくてぞ有ける。

現代語訳

昔、ばくち打ちの子で、目や鼻が(顔の)ひとつの場所に集まってくしゃっとした顔をしており、世の中に似た人のいないほどブサイクな人がいました。彼の両親は、どうしたらこの世で生きていけるのだろうと思っていました。とあるお金持ちの家に、大切に育てられた娘がいたのですが、その娘が美男子をお婿さんをとろうと、娘の母親が相手を探しているのを伝え聞いて、(彼の両親は)

「天下一の男前が『婿になろう』と申しています。」


と結婚を申し込んだろころ、その金持ちは喜んで

「その者を婿に迎え入れよう」


と言って結婚式の日を決めてしまいました。結婚式の夜には、装束などを人に借りて、月が明るかったのですが顔を見えないようにしていたところ、両親の博打仲間が集まっていたのをみた娘の両親は、(博打仲間を家の人間と勘違いして)彼が名家の人間だと思い、奥ゆかしく思っています。

そうして(息子が娘のところに)夜に通う生活を続けていましたが、ついに昼に顔をだすときになりました。どうしたものかと息子側は悩んでいたのですが(ある策を思い浮かびます。)、博打(仲間の)一人が、金持ちの家の天井にのぼって、二人が寝ている(部屋の)天井を、ぎしぎしと踏み鳴らして、恐ろしく怖い声で

「天下一の美男子よ」


と呼びました。娘の家の人たちも、どうしたのかとうろたえています。婿は大変怖がって

「私こそが、世の人が天下の美男子と呼ぶ者でございます。どうしたのでしょうか」


と答えた。鬼は3回「天下一の美男子よ」と呼びたてて返事をしました。

なぜ返事をしたのか


と鬼が言うので

「思わず答えてしまいました」


と婿は答えました。鬼が

この家の娘は、私の者になってから3年になるのを、お前はどの了見で通ってくるのか。


「そのようなことは知らずに通っておりました。ただただ、お助けください」


と婿が言うと鬼は

「なんとしゃくにさわることだろうか。1つ何かやってから帰ろう。お前、命と顔とどっちが惜しいか?」


と言いました。婿は

「どのように答えるべきだろうか」


と考えていると、舅、姑が

「見てくれなんてなんですか。命だけでもあればそれで良い。『惜しくないのは顔です』と言いなさい」


と言うので、婿が言われた通りに口にしたところ、鬼が

「では吸う吸う」


と言ったときには、婿は顔をかかえて

「あぁ」


と言って転げまわりました。そうして鬼は歩いて帰っていきました。そうして

「顔はどうなったのだろうか」


とロウソクに火をつけて人々が婿の顔を見たところ、目と鼻が一箇所にまとまってくしゃっとしたようになっていました。婿は泣いて

「ただ、命が惜しいですと言ったのです。このような姿ではどうすることができましょうか。このようになってしまう前に、みなさんに顔を1度もお見せせずに、しかもこのように恐ろしい者が通っているところに嫁いだのが間違いでした。」


と恨み言を言うので、舅はかわいそうに思って

「変わりと言っては何ですが、私の持っている宝をお渡ししましょう」


と言って、婿のことを大切に扱ったので、婿は満足しました。さらには

「場所が悪いかもしれない」


別に立派な家を造ってもらい、そこでとてもいい暮らしをしたのです。

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