シリア・アラブ共和国
シリア・アラブ共和国(以下「シリア」、英語ではSyrian Arab Republic)は、西アジアに位置する共和制国家です。首都はダマスカスです。
このテキストでは、シリアの特徴を「国土」、「人口と人種」、「言語」、「主な産業」、「主な観光地」、「文化」、「スポーツ」、「日本との関係」の8つのカテゴリに分けて詳しく見ていき、同国の魅力や国際的な影響力について考えていきます。
国土:文明が交差する大地
シリア・アラブ共和国は、中東の西アジアに位置し、多様な地理的特徴を持つ国です。国土面積は約18万5180平方キロメートル(日本の約半分)で、北はトルコ、東はイラク、南はヨルダン、西はレバノンとイスラエルと国境を接し、地中海にも面しています。
国土は主に以下の地域に分けられます。
■沿岸平野部
地中海に沿って広がる肥沃な平野で、温暖な地中海性気候に恵まれ、農業が盛んです。ラタキアやタルトゥースといった主要な港湾都市があります。
■西部山岳地帯
レバノンとの国境に沿ってアンチレバノン山脈が走り、内陸部との気候を分ける役割を果たしています。比較的降水量が多く、一部では冬季に積雪も見られます。
■内陸平原部
国土の大部分を占める乾燥したステップ気候および砂漠気候の地域です。首都ダマスカスやアレッポといった歴史的な大都市は、オアシスやユーフラテス川の恩恵を受けて発展しました。ユーフラテス川はシリアにとって重要な水源であり、農業用水や発電に利用されています。
■砂漠地帯
南東部にはシリア砂漠が広がり、遊牧民の生活舞台となってきました。
気候は地域によって大きく異なり、沿岸部は夏は高温乾燥、冬は温暖湿潤な地中海性気候ですが、内陸部では昼夜の寒暖差が大きく、夏は酷暑、冬は寒冷となる大陸性の砂漠気候・ステップ気候が支配的です。
シリアは古来よりメソポタミア、エジプト、アナトリア、エーゲ海といった諸文明を結ぶ十字路として栄え、その地理的な位置が歴史と文化の多様性を育んできました。
人口と人種:多様なモザイク
シリアの推定人口は、約2,386万人(2024年推定)です。長年にわたる紛争の影響により、正確な人口統計の把握は困難な状況にありますが、多くの国民が国内外で避難生活を余儀なくされています。
シリアは多様な民族と宗教が共存してきた国です。
■民族構成
国民の大多数はアラブ人(約90.3%)です。その他、クルド人(人口の約9%を占める最大の少数民族で、主に北東部に居住)、アルメニア人、アッシリア人、トルクメン人、チェルケス人などが暮らしています。これらの民族は、それぞれ独自の言語や文化、伝統を保持し、シリア社会の多様性を豊かにしてきました。
■宗教構成
イスラム教が最も主要な宗教で、スンニ派が多数を占めます。その他、アラウィー派、ドルーズ派、イスマーイール派などのイスラム教諸派や、キリスト教の諸宗派(ギリシャ正教、アルメニア正教会、シリア正教会など)、ヤズィーディー教などが信仰されています。これらの宗教集団は、歴史的に共存関係を築いてきましたが、近年の紛争は宗派間の緊張を高める要因ともなっています。
シリアの人々は、客人をもてなすホスピタリティ精神が厚く、家族や地域社会との絆を大切にする文化を持っています。
言語:アラビア語の響きと歴史の重なり
シリア・アラブ共和国の公用語はアラビア語です。日常会話では、シリア特有の口語アラビア語(レヴァント方言の一つ)が広く使われています。この方言は、近隣のレバノン、ヨルダン、パレスチナで話されるアラビア語と類似性があります。
公教育やメディアでは、現代標準アラビア語(フスハー)が用いられます。
少数民族の間では、アラビア語に加えて、クルド語、アルメニア語、アラム語(かつて中東の共通語であり、イエス・キリストが話したとされる言語。現在も一部のコミュニティで話されています)、トルクメン語、チェルケス語などもそれぞれのコミュニティ内で使用されています。
英語やフランス語も、特に都市部や教育を受けた層の間で、外国語としてある程度通用します。歴史的にフランスの委任統治領であった影響から、フランス語が比較的話されてきましたが、近年は英語の重要性が増しています。
言語の多様性は、シリアが古来より多様な文化と言語が交流する地であったことの証です。
主な産業:歴史と潜在力、そして再建への道
シリアの経済は、歴史的に農業、鉱業、商業が中心でした。しかし、2011年から続く紛争は経済に甚大な被害を与え、インフラの破壊、生産活動の停滞、高い失業率、通貨価値の暴落などを引き起こしています。以下は、紛争以前および現状で把握できる範囲での主な産業です。
■農業
国土の約3分の1が耕作可能地で、主要な農産物には小麦、大麦、綿花、オリーブ、野菜、果物(ブドウ、柑橘類など)があります。特にオリーブオイルやピスタチオは国際的にも評価されてきました。ユーフラテス川流域は重要な農業地帯です。しかし、紛争によるインフラ破壊や避難民の発生、気候変動による干ばつなどが農業生産に深刻な影響を与えています。
■鉱業・エネルギー
石油と天然ガスは、かつては主要な外貨獲得源でした。リン鉱石の埋蔵量も豊富です。しかし、油田・ガス田の多くが紛争の影響下にあり、生産量は激減しています。電力インフラも大きな被害を受けており、国民生活や産業活動の大きな足かせとなっています。
■工業
繊維産業(特に綿製品)、食品加工、セメント製造などが伝統的に行われてきました。アレッポはかつて工業都市として栄えていましたが、紛争で大きな被害を受けました。現在、小規模な製造業が徐々に再開の動きを見せていますが、本格的な復興には多くの課題があります。
■商業・サービス業
シリアは古来より商業の要衝であり、貿易が盛んでした。ダマスカスやアレッポのスーク(市場)はその伝統を今に伝えています。観光業もかつては重要な産業でしたが、紛争により壊滅的な打撃を受けました。
現在、シリア経済は国際的な制裁や紛争による影響で極めて厳しい状況にありますが、国民の粘り強さと国際社会の支援により、少しずつ再建への道が模索されています。農業セクターの回復や、小規模ビジネスの振興などが今後の鍵となると考えられています。
主な観光地:人類の記憶を刻む遺産
シリアは「文明のゆりかご」と称されるように、数多くの貴重な歴史遺産に恵まれ、かつては世界中から観光客が訪れる魅力的な国でした。残念ながら、近年の紛争により多くの遺跡が損傷を受け、観光は極めて困難な状況にあります。しかし、その歴史的価値と美しさは失われていません。。
以下は、シリアを代表する歴史的な観光地です。
■古代都市ダマスカス
世界で最も古くから継続して人々が住んでいる都市の一つとされ、旧市街はユネスコの世界遺産に登録されています(1979年登録)。ウマイヤド・モスク(イスラム教初期の壮大なモスクで、キリスト教の教会やローマ時代の神殿の跡地に建設された)、ストレート・ストリート(聖パウロが歩いたとされる道)、アゼム宮殿(オスマン帝国時代の美しい宮殿)、数々のハーン(隊商宿)やハンマーム(公衆浴場)が歴史の息吹を伝えています。
■古代都市アレッポ
ダマスカスと並ぶ古都で、その旧市街も世界遺産に登録されています(1986年登録)。巨大なアレッポ城塞、歴史的なスーク(市場)、壮麗なモスクやマドラサ(神学校)が有名です。特にアレッポのスークは中東最大級とも言われ、活気に満ちていましたが、紛争で甚大な被害を受けました。
■パルミラ遺跡
「砂漠の女王」と称されたゼノビア女王の時代に栄えた古代都市の遺跡で、シリア砂漠のオアシスに位置します。ローマ様式とペルシャ様式が融合した壮大な列柱道路、ベル神殿、劇場などが残っており、世界遺産にも登録されています(1980年登録)。しかし、ISIL(イスラム国)によって一部が破壊されました。
■クラック・デ・シュヴァリエとサラディン城
十字軍時代を代表する城塞で、保存状態の良さから中世城郭建築の傑作とされています。これらも世界遺産に登録されています(2006年登録)。クラック・デ・シュヴァリエは特に有名で、「騎士の城」を意味します。
■ボスナ、シリア北部の古代村落群
これらも世界遺産に登録されており(ボスナは1980年、シリア北部の古代村落群は2011年)、ローマ時代やビザンツ時代の都市遺跡や集落跡が良好な状態で保存されています。
これらの遺跡は、シリアが持つ豊かな歴史と文化の深さを物語っており、人類共通の貴重な財産です。紛争終結後には、これらの遺産の保護と修復、そして再び世界の人々を迎え入れるための努力が続けられるでしょう。
文化:伝統と創造性が織りなすタペストリー
シリアの文化は、数千年にわたる多様な文明の影響を受け、豊かで奥深いものです。アラブ文化を基調としつつ、古代オリエント、ギリシャ・ローマ、ビザンツ、イスラム、そしてオスマン帝国といった様々な要素が融合しています。
■文学・詩
アラビア語は詩を非常に重んじる言語であり、シリアは多くの著名な詩人や作家を輩出してきました。古典詩から現代詩、小説に至るまで、豊かな文学的伝統があります。物語を語る伝統も根強く、カフェなどで即興詩人や語り部が活躍することもありました。
■音楽
シリアの伝統音楽は、アラブ音楽の一部として、マカーム(旋法)やイーカーア(リズムパターン)に基づいた洗練されたメロディーとリズムが特徴です。ウード(リュート属の弦楽器)、カーヌーン(琴のような撥弦楽器)、ナーイ(葦笛)、ダラブッカ(太鼓)などの伝統楽器が用いられます。また、地域ごとに多様な民謡や舞踊も伝えられています。現代では、アラブポップスも人気があります。
■美術・工芸
ダマスカスは、象嵌細工(木材や金属に貝殻や象牙などを埋め込む装飾技法)、錦織物(ブロケード)、ガラス工芸、陶器などで古くから知られています。特にダマスカス錦(ダマスク織)は世界的に有名で、その名はダマスカスに由来します。幾何学文様やアラベスク文様、カリグラフィー(アラビア書道)などが美術や建築の装飾に広く用いられています。
■食文化
シリア料理は、レヴァント料理(東地中海沿岸地域の料理)の代表格であり、新鮮な野菜、果物、豆類、ハーブ、スパイスをふんだんに使ったヘルシーで風味豊かな料理が特徴です。メッゼと呼ばれる豊富な種類の前菜(ホンモス、ムタッバル、タブーリなど)、ケバブ(肉の串焼き)、キッベ(ブルグル小麦とひき肉の料理)、マクルーベ(炊き込みご飯)、そしてバクラヴァやクナーファといった甘いお菓子などが有名です。コーヒー(カフワ)は重要な飲み物で、客人を招いた際には必ずと言っていいほど振る舞われます。
■社会習慣・価値観
家族や親族との絆を非常に大切にし、年長者を敬う文化が根付いています。客人をもてなすことは美徳とされ、非常に手厚いホスピタリティを示します。宗教的な行事や祝祭(イスラム教のラマダン明けの祭りや犠牲祭、キリスト教のクリスマスやイースターなど)は、コミュニティにとって重要な意味を持ちます。
シリアの文化は、困難な状況下にあっても、人々の生活の中に息づき、そのアイデンティティの源泉となっています。
スポーツ:情熱と国民の誇り
シリアでは、他の多くのアラブ諸国と同様に、サッカーが最も人気のあるスポーツです。国内外のリーグ戦や代表チームの試合は多くの国民の関心を集めます。シリア代表チームは、厳しい状況にありながらも国際大会で健闘を見せることがあり、国民に勇気と希望を与えています。
■サッカー
国内にはプロサッカーリーグがあり、多くのクラブチームが活動しています。アル・イテハド(アレッポ)やアル・ジャイシュ(ダマスカス)といったクラブは、国内だけでなくアジアの大会でも実績を残してきました。
■バスケットボール
サッカーに次いで人気のある団体競技の一つです。国内リーグも存在し、代表チームもアジアレベルでの競技力向上を目指しています。
■レスリング、ボクシング、重量挙げ
これらの格闘技や重量挙げも伝統的に人気があり、国際大会でメダルを獲得する選手も輩出しています。
■その他
水泳、陸上競技、テコンドーなども行われています。
スポーツは、困難な状況にあるシリア国民にとって、つかの間の喜びや一体感をもたらし、国の誇りを高める重要な役割を担っています。アスリートたちは、限られた環境の中で努力を続け、国際舞台での活躍を目指しています。シリアの若者たちがスポーツを通じて健全に成長し、その才能を開花させるための環境整備は、今後の復興においても重要な課題の一つです。
日本との関係:歴史的交流と未来への協力
日本とシリア・アラブ共和国は、1953年に外交関係を樹立して以来、長年にわたり友好関係を築いてきました。
■外交関係
日本は、シリアの安定と発展のため、紛争以前には経済協力を通じてインフラ整備や人材育成などを支援してきました。1970年代後半から1980年代にかけては、多くの日本人考古学者がシリア各地で遺跡調査を行い、パルミラ遺跡などで重要な発見をするなど、学術交流も活発でした。在ダマスカス日本国大使館が設置されていましたが、2012年3月にシリア国内の治安悪化のため一時閉館となり、現在は在ヨルダン日本国大使館が兼轄しつつ、一部業務を在ベイルート日本国大使館の臨時事務所で行っています。
■経済関係
紛争前は、日本から自動車や機械類などが輸出され、シリアからは綿製品やオリーブオイルなどが輸入されていました。しかし、紛争とそれに伴う経済制裁により、二国間の貿易は大幅に縮小しています。
■文化交流
過去には、日本の伝統文化を紹介するイベントがシリアで開催されたり、シリアの芸術家が日本で作品を展示したりするなどの文化交流が行われてきました。食文化においても、日本でシリア料理を提供するレストランが見られるなど、草の根レベルでの交流は続いています。
■人道支援
現在、日本政府および日本のNGOは、シリア国内および周辺国へ避難しているシリア難民・国内避難民に対して、食料、医療、教育、水・衛生などの分野で人道支援を継続的に行っています。これは、シリア国民が直面する困難を少しでも軽減し、将来の復興に向けた基盤を支えるための重要な取り組みです。
日本としては、シリアにおける人道状況の改善、そして国連の仲介による政治プロセスの進展を通じたシリアの恒久的な平和と安定の実現を支持しています。紛争が終結し、シリアが復興の道を歩み始める際には、日本としてもこれまでの経験や知見を活かし、人道支援、インフラ整備、人材育成など、様々な分野で貢献していく用意があります。両国の友好関係が、未来に向けて再び力強く発展していくことを心より願っています。