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18_80 西アジア・地中海世界の形成 / ローマ帝国

五賢帝とは わかりやすい世界史用語1110

著者名: ピアソラ
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五賢帝とは

五賢帝とは、古代ローマ帝国において特に優れた統治を行った五人の皇帝、ネルウァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、そしてマルクス・アウレリウスを指します。この時期(96年から180年)は、ローマ帝国の繁栄と内政の安定が際立っていたとされています。

ネルウァ帝(96年 - 98年)

ネルウァは、ドミティアヌスの暗殺後に元老院から皇帝に選ばれました。彼の治世は短命でしたが、財政改革や政治の安定を達成しました。ネルウァは後継者としてトラヤヌスを養子に迎え、これが五賢帝の時代の幕開けとなりました。

トラヤヌス帝(98年 - 117年)

トラヤヌスは、ローマ帝国の領土を最大限に拡大した皇帝として知られています。彼はダキア(現在のルーマニア)を征服し、メソポタミアやアラビア半島にも進出しました。また、公共事業にも注力し、トラヤヌスの市場やトラヤヌスの柱など多くの建築物を残しました。



ハドリアヌス帝(117年 - 138年)

トラヤヌスの養子であるハドリアヌスは、彼の後を継いで皇帝となりました。彼は領土の拡張よりも防衛を重視し、ハドリアヌスの長城(現在のイギリス)を築きました。また、彼はギリシャ文化を愛し、アテネに多くの建物を建設しました。

アントニヌス=ピウス帝(138年 - 161年)

アントニヌス=ピウスはハドリアヌスの養子であり、彼の治世は非常に安定していました。彼は内政に力を注ぎ、法制度の整備や公共事業の推進を行いました。また、彼の治世中は大規模な戦争がなく、平和な時代が続きました。

マルクス=アウレリウス=アントニヌス帝(161年 - 180年)

マルクス・アウレリウスは哲学者皇帝として知られ、ストア派の哲学を信奉していました。彼の治世は、ゲルマン民族の侵入や内乱といった数々の困難に直面しましたが、彼はそれらに対処しつつ、哲学的著作『自省録』を残しました。

五賢帝の時代は、ローマ帝国の最盛期であり、内政の安定が際立っていました。
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『世界史B 用語集』 山川出版社

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