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【南北朝の統一と室町幕府の発展、勘合貿易、琉球・蝦夷ヶ島の発展】 受験日本史まとめ 30 |
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著作名:
Cogito
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守護大名と国人一揆
室町幕府は、北条得宗政権下の配置をならって、全国に守護を置きました。当時、武士同士が田地をめぐって争い、自分の所有権を主張して稲を一方的に刈る苅田狼藉が頻繁に発生していたことから、各地の守護は大犯三カ条のほかに、苅田狼藉を取り締まる権限を与えられました。そのため、守護は苅田狼藉の取り締まりを名目に、管轄地の武士の争いに介入するようになりました。また、室町幕府の判決を受け取った守護が使者を現地に派遣し、判決内容を強制的に執行する使節遵行も行われ、守護はさまざまな司法権を手に入れました。
1352年(観応3年,文和元年)、室町幕府は軍費調達のために半済令を出しました。戦乱の多かった近江・美濃・尾張の3国に限り、1年の約束で守護に一国内の荘園・公領の半分を徴発する権限を与えました。やがて半済令は全国的・永続的に守護に与えられるようになり、1368年(応安元年)には、応安の半済令が出され、年貢のみならず土地自体を分割するようになりました。守護は半済令をもとに荘園や公領を侵略し、配下の武士に土地や年貢を分け与えました。
足利義満の時代に守護職は世襲されるようになり、守護たちは守護代という代理者に統治を任せ、自身は京都に住み幕府に仕え、有力守護は政治の中枢に参画しました。経済的には、荘園領主が年貢の徴収を守護に請け負わせる守護請が盛んになり、荘園領主の権限や影響力が縮小していきました。こうして守護は、室町幕府政権下において荘園・公領へ進出し、国衙の機能を吸収し、各地で地域的支配権を確立していきました。軍事・警察権のみを有した鎌倉幕府の守護と区別して、この時代の守護を守護大名といい、その支配体制を守護領国制と呼ぶ場合があります。
守護に服従する武士も多かった一方で、各地の土着の武士は国人と呼ばれ、独立志向の高い国人は国人一揆という地域的な集団を形成しました。彼らはしばしば守護と対立し、その支配に抵抗しました。
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