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枕草子 原文全集「関白殿、二月廿一日に」 其の三 |
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著作名:
古典愛好家
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まゐりたれば、はじめ下りける人、もの見えぬべきに端に八人ばかりゐにけり。一尺よ、二尺ばかりの長押(なげし)の上におはします。
「ここに立ち隠してゐてまゐりたり」
と申し給へば、
「いづら」
とて、みき丁のこなたに出でさせ給へり。まだ御裳、唐の御衣たてまつりながらおはしますぞいみじき。くれなゐの御衣ども、よろしからむやは。中に唐綾(からあや)の柳の御衣、葡萄染(ゑびぞめ)の五重(いつへ)がさねの織物に、赤色の唐の御衣、地摺の唐の薄物に象眼かさねたる御裳などたてまつりて、ものの色などはさらになべてのに似るべきやうもなし。
「我をばいかが見る」
と仰せらる。
「いみじうなむさぶらひつる」
なども、ことにいでては世の常にのみこそ。
「ひさしうやありつる。それは大夫の、院の御ともにきて、人に見えぬる、おなじ下襲(したがさね)ながらあらば、人わろしと思ひなむとて、こと下襲ぬはせ給ひけるほどに、おそきなりけり。いとすき給へりな」
とて笑はせ給ふ。いとあきらかにはれたる所は、いますこしぞけざやかにめでたき。御額あげさせ給へりける御釵子に、わけ目の御髪の、いささか寄りてしるく見えさせ給ふさへぞ、聞こえむかたなき。
三尺のみき丁一よろひをさしちがへて、こなたの隔てにはして、そのうしろに畳一ひらを、ながざまに縁を端にして、長押のうへにしきて、中納言の君といふは、殿の御叔父の右兵衛の督忠君ときこえけるが御むすめ、宰相の君は、富の小路の右の大臣の御孫、それ二人ぞうへにゐて、見たまふ。御覧じわたして、
「宰相はあなたにいきて、人どものゐたるところにて見よ」
と仰せらるるに、心ゑて、
「ここにて、三人はいとよく見侍りぬべし」
と申し給へば、
「さは、入れ」
とてめしあぐるを、下にゐたる人々は、
「殿上ゆるさるる内舎人(うどねり)なめり」
と笑へど、
「こはわらはせむと思ひ給ひつるか」
といへば、
「馬副(むまさゑ)のほどこそ」
などいへど、そこにのぼりゐて見るは、いとおもだたし。
かかることなどぞ、みづからいふは、ふき語りなどにもあり、また君の御ためにも軽々しう、かばかりの人を、さおぼしけむなど、をのづからもものしり、世の中もどきなどする人は、あいなうぞ、かしこき御ことにかかりて、かたじけなけれど、あることはまたいかがは。まことに、身のほどに過ぎたることどももありぬべし。
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