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18_80 アジア・アメリカの古代文明 / インドの古代文明

カイバル峠とは わかりやすい世界史用語252

著者名: ピアソラ
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カイバル峠とは

カイバル峠は、パキスタンの連邦直轄部族地域とアフガニスタンのナンガルハール州を結ぶ重要な峠です。この峠は、古代から文明の回廊としての役割を果たし、南アジア世界と中央ユーラシア世界を結ぶ交通の要衝であったことで知られています。標高は約1070メートルで、スレイマン山脈に位置しています。

歴史的に見ると、カイバル峠は多くの重要な出来事の舞台となってきました。紀元前1500年頃、アーリヤ人がこの峠を越えてパンジャーブ地方に侵入したとされています。また、紀元前326年にはアレクサンドロス大王がこの地を通り、西北インドに侵攻しましたが、部下の反対によって引き返したという記録があります。シルクロードから南下してインドに向かう際の交易路としても重要な役割を果たし、交易の利権を得ようとする諸勢力がこの地の周辺をめぐって抗争を続けました。

16世紀前半には、ウズベク人の侵入を受けて滅亡したティムール朝の残党がインドへ侵入し、ムガル帝国を建国しました。19世紀前半には、イギリスがアフガニスタンにまで影響力を広げようとした際、この地を戦場としてアフガン人と争い、第一次アフガン戦争が発生しました。1880年の第二次アフガン戦争を経て、イギリスはアフガニスタンを事実上の保護国とし、この地の交通網を整備しました。現在はアジアハイウェイ1号線の一部となっており、その歴史的重要性は今日に至るまで続いています。

この地域は、銃器や弾薬を製造する小規模工房が多いことでも知られており、地場の職工が雑多な材料から手作りする製品は、大手メーカーの無許可模倣品から独自のアレンジ品まで多岐にわたり、品質も玉石混交であるとされています。

カイバル峠は、その地理的な位置だけでなく、歴史的な出来事や文化的な影響においても、南アジアと中央ユーラシアの間の重要な架け橋としての役割を果たしてきました。
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『世界史B 用語集』 山川出版社

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