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実学とは わかりやすい世界史用語2186
著作名: ピアソラ
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実学とは

実学は、現実社会の問題解決に直接的に貢献することを目的とする実践的な学問体系を指します。この思想は、単なる理論的探求や抽象的な思弁に留まらず、知識を具体的な行動や政策に応用し、社会を統治し、人々の生活を豊かにすることを目指すものです。その根源は古代の思想にまで遡ることができますが、特に近世以降の社会変動の中で、伝統的な学問への反省と、より実用的な知のあり方を求める動きの中で、東アジア各地で独自の発展を遂げました。朱子学も自らを実学と考えていましたが、朱子学や陽明学を批判して、国家制度や経済政策を論ずる経世致用の学を実学とすることもあります。

実学の思想的源流と儒教における展開

実学の根底には、知識と行動の一致を重んじる思想が存在します。儒教の伝統において、学問は単なる知識の蓄積ではなく、自己を修養し、社会に貢献するための手段と見なされてきました。孔子は、弟子たちに対して、学んだことを実践に移すことの重要性を説き、知識と行動の結びつきを強調しました。彼の教えは、個人の道徳的完成が、ひいては社会全体の調和と安定につながるという信念に基づいています。このように、儒教の初期段階から、学問の社会的な有用性や実践性への志向は内包されていました。

時代が下り、宋代になると、新儒教と呼ばれる新たな学問体系が形成されます。新儒教は、仏教や道教の形而上学的な思弁に対抗し、儒教の教えをより哲学的かつ体系的に再構築しようと試みました。この過程で、朱子学と陽明学という二つの大きな潮流が生まれます。朱子は、「理」という普遍的な原理が万物に内在するとし、学問を通じてこの「理」を窮めること(格物致知)を重視しました。彼の思想は、知識の探求を重んじる一方で、その最終的な目的は道徳的実践にあるとしました。朱子の教えは、後の時代に科挙(官僚登用試験)の基本教養となり、東アジアの知識人層に絶大な影響を与えました。

一方、明代の王陽明は、朱子学が知識の探求に偏り、実践から乖離していると批判し、「心即理」(心こそが理である)という立場から「知行合一」を強く主張しました。王陽明によれば、真の知は実践を伴わなければならず、知と行は本来分かちがたく結びついているとされます。この思想は、より直接的に行動と実践を重んじる傾向を持ち、知識人の内面的な道徳性の確立と、それが社会でいかに発揮されるべきかを問うものでした。

これらの儒教内の思想的展開は、実学の概念が形成される上で重要な土壌となりました。特に、既存の学問が空虚な議論に陥っているという批判意識から、より実践的な知を求める動きが顕在化します。中国の明末清初には、社会の混乱を背景に、現実の政治や経済の問題に対処するための具体的な学問、すなわち「実学」を志向する思潮が現れました。この実学派は、朱子学や陽明学の哲学的な議論から距離を置き、経世済民、つまり社会を治め人々を救うための具体的な方策を探求することに重点を置きました。

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