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蜻蛉日記原文全集「九十月もおなじさまにて」
著作名: 古典愛好家
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蜻蛉日記

九、十月もおなじさまにて

九、十月もおなじさまにて過ぐすめり。世には大嘗会の御禊(ごけい)とてさわぐ。我も人も物みる棧敷(さじき)とりてわたり見れば、御輿(みこし)のつら近く、つらしとは思へど目くれておぼゆるに、これかれ

「や、いで、なほ人にすぐれ給へりかし。あなあたらし」


なども言ふめり。聞くにもいとど物のみすべなし。

十一月(しもつき)になりて、大嘗会とてののしるべき。その中には、すこし間近く見ゆる心ちす。冠(かうぶり)ゆへに人もまだあいなしと思ふ公事のわざもならへとて、とかくすれば、いと心あわたたし。ことはつる日、夜ふけぬほどにものして

「行幸に候はであしかりぬべかりつれど、夜のふけぬべかりつれば、そら胸やみてなんまかでぬる。いかに人いふらん、あすはこれが衣きかへさせて出でん」


などあれば、いささかむかしの心ちしたり。


つとめて、

「ともにありかすべき男どもなどまゐらざめるを、かしこに物してととのへん、裝束してこよ」


とて出でられぬ。よろこびにありきなどすれば、いとあはれにうれしき心ちす。それよりしも、例のつつしむべきことあり。二日も、

「かしこになん」


と聞くにも、たよりにもあるを、さもやと思ふほどに夜いたくふけ行く。ゆゆしと思ふ人もただひとり出でたり。胸うちつぶれてぞあさましき。

「ただいまなん、帰りたまへる」


など語れば、夜ふけぬるに、昔ながらの心ちならましかばかからましやは、と思ふ心ぞいみじき。それより後(のち)もおとなし。



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