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平家物語 祇園精舎
著作名: 春樹
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平家物語とは

日本の歴史に輝く名作、平家物語。これは鎌倉時代に誕生した軍記物語で、平安時代末期の平家一門の栄枯盛衰と源氏の勃興を描いた傑作です。この壮大な物語は、作者や成立時期こそ謎に包まれていますが、のちに日本文学史上の傑作のひとつです。

この物語の中で描かれるのは、平家一門や源氏の英雄たちです。平清盛、平徳子、平宗盛、平知盛、平重衡、平敦盛、そして源頼朝、木曽義仲、源義経、熊谷直実。これらの人物は、後世の人々にも大きな影響を与えました。

歴史と創作が交錯する物語の舞台裏

平家物語は歴史の事実と創作の織り交ぜられた作品です。史実を元にした部分も存在しますが、登場人物の感情や行動、壮絶な戦いの描写は、筆者の想像力と創造力によって彩られています。また、この物語は口承によって広まり、琵琶法師と呼ばれる盲目の音楽家が琵琶の音色にのせて語り継いだ(これを平曲といいます)ことから、音楽的で詩的な要素も秘めています。

平家物語の普遍的なテーマ

平家物語は仏教の因果応報や無常観を背景に展開されています。平家一門は保元の乱平治の乱で一度は源氏を打ち破り、権勢を誇示しました。しかし、その驕りや非道な振る舞いが神々や人々の怒りを買い、最終的には源頼朝率いる反乱軍によって滅ぼされる運命にありました。この壮絶な物語の中で、多くの悲劇と感動が生まれます。建礼門院や敦盛の壮絶な壇ノ浦の海投、知章や重衡の宇治川での討ち死になど、様々な物語が収められています。

平家物語は日本文学史においても極めて重要な位置を占めています。その影響は後の世代の文学や芸術にも大きく影響を与えました。能や狂言には平家物語に触発された演目が数多く存在し、『源平盛衰記』や『太平記』などの後の軍記物語にも深い影響を与えたのです。

平家物語と源氏物語の比較

平家物語と源氏物語は、日本古典文学の中で重要な作品ですが、その性質は異なります。平家物語は歴史的な出来事に基づいて綴られた軍記物語であり、平安時代末期の平家の栄華と没落、源氏の勃興を描いたものです。一方、源氏物語は架空の物語で、架空の主人公光源氏の恋愛を描いた長編小説です。これらの違いによって、それぞれ独自の魅力を放っています。

平家物語 祇園精舎

平家物語がどのような作品か概要を書きましたが、ここでは、平家物語の冒頭部分、「祇園精舎」についてみていきます。
【原文】

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

遠くの異朝をとぶらえば、普の趙高、漢の王莽、梁の周伊、唐の禄山、これらは皆、旧主先皇の政にも従はず、楽しみを極め、諫めをも思ひ入れず、天下の乱れんことを悟らずして、民間の愁ふるところを知らざつしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。

近く本朝をうかがふに、承平の将門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼、これらはおごれる心もたけきことも、皆とりどりにこそありしかども、間近くは六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人のありさま、伝え承るこそ、心も詞も及ばれね。
【現代語訳】

祇園精舎の鐘の音は、物事はつねに動いて同じ場所に留まることはないという諸行無常の響きがします。沙羅双樹の花の色は、栄華を極めた者も衰退をしていくという盛者必衰の理をあらわしています。権力を持つ人もそう長くは続きません。それはまるで、春の夜の夢のようです。勇ましい者も最後には滅んでしまうその様子は、風の前の塵と同じです。

異国の政権(朝廷)を例に上げてみると、普王朝の趙高(ちょうこう)、漢王朝の王莽(おうもう)、梁王朝の周伊(周伊)、唐王朝の禄山(ろくさん)はみな、つかえていた皇帝の言うことは聞かずに、栄華を極めて自分をいましめることもしないで、世の中が乱れるていることを理解することもなく、庶民が憂慮していることも知ろうとしなかったので、長くはないうちに、滅んでしまった人たちです。

国内の政権(朝廷)をみてみると、平将門(承平の乱)や藤原純友(天慶の乱)、源義親(源義親の乱)、藤原信頼(平治の乱)などがありますが、これらの人たちはおごった心も勇ましい心も大したものでした。最近で言うと、平清盛公とおっしゃった人の有り様を人づてに耳にしますが、そのありさまは想像を超えるもので、彼を表せるような言葉はありません。

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