|
|
|
|
|
更新日時:
|
|
![]() |
源氏物語 桐壺 その7 父帝悲しみの日々 |
|
著作名:
春樹
37,899 views |
|
あくまでもイメージを掴む参考にしてください。
はかなく日ごろ過ぎて、後のわざなどにもこまかにとぶらはせたまふ。
ほど経るままに、せむ方なう悲しう思さるるに、御方がたの御宿直なども絶えてしたまはず、ただ涙にひちて明かし暮らさせたまへば、見たてまつる人さへ露けき秋なり。
「亡きあとまで、人の胸あくまじかりける人の御おぼえかな」とぞ、弘徽殿などにはなほ許しなうのたまひける。一の宮を見たてまつらせたまふにも、若宮の御恋しさのみ思ほし出でつつ、親しき女房、御乳母などを遣はしつつ、ありさまを聞こし召す。
日が経つに連れて、帝はどうしようもない寂しさに苛まれていました。
他の女性を部屋によぶこともなくただ涙に明け暮れているので、見ている人までがしめっぽい気持ちになるような秋でした。
右大臣の娘、弘徽殿の女御(一の宮の母)などは「死んでもなお人の気を悪くさせるご寵愛ぶりね」と言って、相変わらず嫉妬していました。
帝は、一の宮と会うことがあっても、若宮の(二の宮)恋しさばかりを思い出してしまい、親しい女官や乳母などを更衣の実家に遣わせ、若宮の様子を報告させていたようです。
帝は、日が経つにつれて、寂しさに苛まれていました。彼は他の女性を部屋に呼んだりせず、ただ涙に明け暮れていました。周りの人たちも、見ているだけでしめっぽい気持ちになるほど、寂しそうだった秋でした。
帝の右大臣の娘や、弘徽殿の女御などの女性たちは、相変わらず嫉妬していました。「死んでもなお人の気を悪くさせるご寵愛ぶりね」と言いながら、彼女たちは妬みの気持ちを抱いていたのです。
帝は、一の宮と会っても、若宮の恋しさばかりを思い出してしまい、近しい女官や乳母たちを、更衣の実家に遣わせ、若宮の様子を報告させていたようです。
【源氏物語 原文】
はかなく日ごろ過ぎて、後のわざなどにもこまかにとぶらはせたまふ。
ほど経るままに、せむ方なう悲しう思さるるに、御方がたの御宿直なども絶えてしたまはず、ただ涙にひちて明かし暮らさせたまへば、見たてまつる人さへ露けき秋なり。
「亡きあとまで、人の胸あくまじかりける人の御おぼえかな」とぞ、弘徽殿などにはなほ許しなうのたまひける。一の宮を見たてまつらせたまふにも、若宮の御恋しさのみ思ほし出でつつ、親しき女房、御乳母などを遣はしつつ、ありさまを聞こし召す。
【現代語訳】
日が経つに連れて、帝はどうしようもない寂しさに苛まれていました。
他の女性を部屋によぶこともなくただ涙に明け暮れているので、見ている人までがしめっぽい気持ちになるような秋でした。
右大臣の娘、弘徽殿の女御(一の宮の母)などは「死んでもなお人の気を悪くさせるご寵愛ぶりね」と言って、相変わらず嫉妬していました。
帝は、一の宮と会うことがあっても、若宮の(二の宮)恋しさばかりを思い出してしまい、親しい女官や乳母などを更衣の実家に遣わせ、若宮の様子を報告させていたようです。
わかりやすいあらすじ
帝は、日が経つにつれて、寂しさに苛まれていました。彼は他の女性を部屋に呼んだりせず、ただ涙に明け暮れていました。周りの人たちも、見ているだけでしめっぽい気持ちになるほど、寂しそうだった秋でした。
帝の右大臣の娘や、弘徽殿の女御などの女性たちは、相変わらず嫉妬していました。「死んでもなお人の気を悪くさせるご寵愛ぶりね」と言いながら、彼女たちは妬みの気持ちを抱いていたのです。
帝は、一の宮と会っても、若宮の恋しさばかりを思い出してしまい、近しい女官や乳母たちを、更衣の実家に遣わせ、若宮の様子を報告させていたようです。
このテキストを評価してください。
|
役に立った
|
う~ん・・・
|
※テキストの内容に関しては、ご自身の責任のもとご判断頂きますようお願い致します。 |
|
源氏物語 桐壺 その6 故御息所の葬送
>
源氏物語 桐壺 その8 靫負命婦の弔問1
>
万葉集「春されば木末隠れてうぐひすそ鳴きて去ぬなる梅が下枝に」の現代語訳と解説
>
百人一首48『風をいたみ岩うつ波のおのれのみ砕けてものを思ふころかな』現代語訳と解説(序詞、縁語など)
>
「日ごろ破り残して御身も放たず御覧じける」の現代語訳・品詞分解・敬意の向き
>
百人一首7『天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも』現代語訳と解説・品詞分解
>
「心寄せに聞きけり」の現代語訳
>
最近見たテキスト
|
源氏物語 桐壺 その7 父帝悲しみの日々
10分前以内
|
>
|
|
徳川吉宗が行った享保の改革とは
10分前以内
|
>
|
デイリーランキング
























