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上エジプトとは 世界史用語143
著作名: ピアソラ
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上エジプトとは

古代エジプトの上エジプトとは、ナイル川のデルタ地帯と北緯30度以北の地域を除く、ナイル川流域の南部のことを指します。この地域は現在のエジプトのアスワン県からカイロまでの範囲に相当し、中エジプトと呼ばれる地域も含まれます。上エジプトは古代エジプト語では「葦の地」や「葦の国」と呼ばれていました。これは、この地域に生える葦(セッジ)から名付けられたものです。アラビア語では、上エジプトは「高地」を意味する「サイード」と呼ばれています。

古代エジプトの歴史では、上エジプトは下エジプト(ナイル川のデルタ地帯)とは別の政治的な存在でした。紀元前3150年頃にメネス王が上エジプトと下エジプトを統一したとされています。それ以降、エジプトの王は「上下エジプトの王」という称号を持ち、上下エジプトの統一を象徴する二重王冠をかぶりました。上エジプトの王冠は白色で、前方に伸びた尖った形をしていました。下エジプトの王冠は赤色で、後方に垂れ下がる形をしていました。二重王冠は、これらの二つの王冠を重ね合わせたもので、赤と白の色が混ざっていました。

上エジプトは、古代エジプトの文化や宗教において重要な役割を果たしました。上エジプトには、エジプト最古の都市や神殿が多くありました。例えば、テーベは上エジプトの主要な都市で、アメン神の信仰の中心地でした。また、アビュドスはオシリス神の聖地で、王墓や神殿が多く建てられました。上エジプトには、ナカダ文化やティニス文化といった、エジプト文明の発展に影響を与えた先王朝時代の文化も栄えました。上エジプトの文化は、下エジプトの文化とは異なる特徴を持っていました。例えば、上エジプトの芸術は、動物や植物などの自然のモチーフを多用し、下エジプトの芸術よりも抽象的でした。

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