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枕草子 原文全集「職の御曹司の西おもて」 |
著作名:
古典愛好家
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職の御曹司の西おもて
職(しき)の御曹司(みぞうし)の西おもての立蔀(たてじとみ)のもとにて、頭弁、ものをいと久しういひたち給へれば、さし出でて、
「それは、誰ぞ」
と言へば、
「弁候(さぶらふ)なり」
とのたまふ。
「何か、さも語らひ給ふ。大弁見えばうちすて奉りてむものを」
といへば、いみじう笑ひて、
「たれか、かかる事さへいひ知らせけむ。それ、さなせそ、と語らふなり」
とのたまふ。
いみじう見え聞えて、をかしきすぢなど立てたることはなう、ただありなるやうなるを、みな人、さのみ知りたるに、なほおくふかき心ざまを見しりたれば、
「おしなべたらず」
など、おまへにも啓し、また、さ知ろしめしたるを、つねに、
「『女はおのれをよろこぶもののために顔づくりす。士はおのれを知るもののために死ぬ』となむ言ひたる」
と言ひあはせ給ひつつ、よう知り給へり。
「遠江の浜柳」
と言ひかはしてあるに、若き人々、ただ言ひに
「見苦しきことども」
などつくろはず言ふに、
「この君こそ、うたて見えにくけれ。こと人のやうに、歌うたひ、興じなどもせず、けすさまじ」
などそしる。
さらにこれかれにもの言ひなどもせず、
「まろは、目は縦ざまにつき、眉は額ざまに生ひあがり、鼻は横ざまなりとも、ただ、口つき愛敬づき、おとがひの下・くびきよげに、声にくからざらむ人のみなむ、思はしかるべき。とは言ひながら、なほ顔いとにくげならむ人は、心憂し」
とのみのたまへば、ましておとがひ細う、愛敬おくれたる人などは、あいなくかたきにして、御前にさへぞあしざまに啓する。
ものなど啓せさせむとても、そのはじめ言ひそめてし人をたづね、下なるをも呼びのぼせ、つねに来て言ひ、里なるは文かきても、みづからもおはして、
「おそく参らば、『さなむ申したる』と申しに参らせよ」
とのたまふ。
「それ、人の候ふらむ」
など言ひゆづれど、さしもうけひかずなどぞおはする。
「あるにしたがひ、さだめず、何事ももてなしたるをこそ、よきにすめれ」
とうしろ見聞こゆれど、
「わがもとの心の本性」
とのみのたまひて、
「改まらざるものは心なり」
とのたまへば、
「さて、憚(はばか)りなしとは何を言ふにか」
とあやしがれば笑ひつつ、
「なかよし、なども人にいはる。かく語らふとならば、何かはづる。見えなどもせよかし」
とのたまふ。
「いみじくにくげなれば、さあらむ人をば、え思はじ、とのたまひしによりて、え見え奉らぬなり」
と言へば、
「げに、にくくもぞなる。さらば、な見えそ」
とて、おのづから見つべき折も、おのれ顔ふたぎなどして見給はぬも、まごころに、空ごとし給はざりけりと思うに、三月つごもりがたは、冬の直衣(なをし)の着にくきにやあらむ、うへの衣がちにてぞ殿上の宿直姿もある。
つとめて、日さし出づるまで、式部のおもとと小廂(こびさし)に寝たるに、おくの遣戸(やりど)を開けさせ給ひて、主上の御前(おまへ)・宮の御前、出させ給へば、起きもあへずまどふを、いみじう笑はせ給ふ。唐衣(からぎぬ)をただ汗衫(かざみ)のうへにうち着て、宿直物(とのゐもの)もなにも、うづれながらある、うへにおはしまして、陣より出で入るものども御覧ず。殿上人の、つゆしらでよりきて、もの言うなどもあるを、
「けしきな見せそ」
とて、笑はせ給ふ。さて立たせ給ふ。
「二人ながら、いざ」
と仰せらるれど、
「いま顔などつくろひたててこそ」
とて参らず。
入らせ給ひてのちも、なほめでたきことどもなど言ひあはせてゐたる、南の遣戸のそばの木丁の手のさし出たるにさはりて、簾(すだれ)の少しあきたるより、黒みたるものの見ゆれば、則隆(のりたか)がゐたるなめり、とて見もいれで、なほ事どもを言ふに、いとよく笑みたる顔のさし出でたるも、なほ則隆なめりとて見やりたれば、あらぬ顔なり。あさましと笑ひさわぎて、木丁ひきなほし、かくるれば、頭弁にぞおはしける。見え奉らじとしつるものを、といとくちをし。もろともにゐたる人は、こなたに向きたれば、顔も見えず。
立ち出でて、
「いみじく名残なくも見つるかな」
とのたまへば、
「則隆と思ひ侍りつれば、あなづりてぞかし。などかは見じとのたまふに、さつくづくとは」
と言ふに、
「女は、寝起き顔なむいとよき、と言へば、ある人の局に行きて、垣間見して、またも見えやする、とて来たりつるなり。まだうへのおはしましつる折からあるをば知らざりける」
とて、それより後は、局(つぼね)の簾(すだれ)うちかづきなどし給めりき。
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