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【明治政府の外交、征韓論、江華島事件、西南戦争、紀尾井坂の変】 受験日本史まとめ 56 |
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著作名:
Cogito
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新政府への反抗と西南戦争
明治政府は、維新後急進的な近代化政策(西欧化政策)を進めたため、国民の中には生活環境の変化に負担を感じる者もいました。また、明治政府内部が「有司専制」という少数の藩閥官僚により占められており、これに対する批判もありました。地租改正による税制の変化は、依然として農民に重い負担を強い、徴兵制度や小学校設置など新しい負担も増えたため、地域によっては大規模な農民一揆が起こりました。こうした状況を踏まえ、政府は地租率を地価の3%から2.5%に引き下げました。
他方、廃藩置県・徴兵制度・秩禄処分など、封建的特権を奪われた士族層にも不満が広まっていきました。明治六年の政変で辞職した旧参議の板垣退助らは、1874年(明治7年)に民撰議院設立建白書を提出し、明治政府の「有司専制」を批判しました。その中の一人工藤新平は、佐賀に帰ったのち不平士族に擁立され征韓党の首領となり佐賀の乱をおこしました。明治政府は讒謗律・新聞紙条例を出し、反政府的言論を抑えようとしました。
1876年(明治9年)、廃刀令・俸禄支給の停止をきっかけに熊本で攘夷主義者の太田黒伴雄が敬神党(神風連)の乱をおこし、これに呼応した宮崎車之助が福岡で秋月の乱をおこし、山口では元参議兵部大輔の前原一誠が萩の乱をおこしました。こうした士族反乱は、明治政府が最終的に鎮圧しましたが、少なからず国内に動揺を与えました。
さらに1877年(明治10年)、鹿児島の私学校の生徒を中心とする不平士族たちが、西郷隆盛を擁立し兵を挙げ、西南戦争が始まりました。戊辰戦争以来となる国内最大の内戦となった西南戦争は、はじめ西郷軍が官軍と対等に戦いましたが、西郷軍が熊本鎮台の攻略に失敗してから政府軍が優勢となり、8ヶ月かけ反乱を鎮圧し、西郷隆盛や指導者は戦死・処刑され、西南戦争は終わりました。政府軍の勝利により、徴兵制度と近代的軍隊の有用性が明らかとなり、明治政府の権力も盤石となっていきました。翌年1878年(明治11年)、不平士族一味が内務卿大久保利通を暗殺した紀尾井坂の変がおこり、西南戦争の恩賞に不満をもった近衛兵が反乱を起こした竹橋事件などが発生しました。しかし、これらも政府によって関係者が検挙され、西南戦争を最後に、士族の武力反乱は終わりました。
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