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【古墳文化、渡来人の活躍、仏教・儒教の伝来】 受験日本史まとめ 6
著作名: Cogito
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古墳の出土品

古墳は墓であったので、さまざまな出土品が出てきました。

埴輪は、円筒や形象の二種類に分類される素焼きの焼き物です。円筒埴輪は筒型・壺形・朝顔形、形象埴輪は盾・人物・動物などが作られました。

古墳の墳丘上には石人石馬といった石像彫刻が建てられました。

前期~中期の高塚式古墳では個人墓の竪穴式石室、後期には家族墓の横穴式石室が用いられました。また、前期~中期古墳には、粘土槨が使われるものもありました。

棺は木棺石棺があり、石棺は前期の舟型、中期の長持形、後期の家形に分けられます。

副葬品としては、が有名です。三角縁神獣鏡は前期古墳の代表的な副葬品で、邪馬台国論争の重要な史料となっています。

その他には、勾玉・刀剣・甲冑・馬具などが副葬品として埋められました。

6~7世紀になると、有力農民が群集墳を作るようになり、和歌山県の岩橋千塚、奈良県の新沢千塚、大阪府の平尾山千塚などが代表的です。また、竹原古墳などの装飾古墳も出てきます。

新しい文化と技術の伝来

技術や文化の伝来

4~5世紀には、朝鮮半島の楽浪郡帯方郡に住んでいた漢民族が日本に渡ってきました。また、6~7世紀には韓民族も渡り、彼らは渡来人と呼ばれました。

渡来人は様々な技術を大和政権下の社会に伝えました。

須恵器・土師器などの焼き物漢字、儒教、仏教などが伝わります。

養蚕・機織を伝えた弓月氏、文筆に優れた阿知使主、『論語』『千字文』をもたらした王仁などが有名な渡来人です。

漢字は4~5世紀に伝わったとされ、石上神宮七支刀・江田船山古墳出土鉄刀・稲荷山古墳出土鉄剣・隅田八幡神社人物画像鏡などに漢字の銘文が刻まれています。

4~5世紀に儒教が伝わり、6世紀はじめに五経博士が百済から来日し、『易経』『詩経』『書経』『春秋』『礼記』の五経を教授しました。

仏教は、百済の聖明王が仏像や経論を献じたことが始まりとされ、道教なども古墳時代に伝わりました。


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