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蜻蛉日記原文全集「さて年ごろ思へばなどにかあらん」 |
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著作名:
古典愛好家
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さて、年ごろ思へば、などにかあらん、ついたちの日は見えずしてやむ世なかりき。さもやと思ふ心づかひせらる。ひつじの時ばかりに先おひののしる。
「そそ」
など人もさわぐほどに、ふと引き過ぎぬ。いそぐにこそはと思ひかへしつれど、夜もさてやみぬ。つとめて、ここに縫ふ物どもとりがてら、
「きのふの前渡(まへわた)りは、日の暮れにし」
などあり。いと返りごとせまうけれど
「なほ、年のはじめに腹だちなそめそ」
など言へば、すこしはくねりて書きつ。かくしもやすからずおぼえ言ふやうは
「このおしはかりし近江(あふみ)になん文(ふみ)かよふ。さなりたるべし」
と、世にもいひさわぐ心づきなさになりけり。さて二三日もすごしつ。
三日、また申(さる)の時に一日よりもけにののしりて来るを、
「おはしますおはします」
と言ひつづくるを、一日のやうにもこそあれ、かたはらいたしと思ひつつ、さすがに胸はしりするを、近くなればここなる男ども中門(ちゅうもん)おしひらきて、ひざまづきてをるに、むべもなくひきすぎぬ。今日まして思ふ心おしはからなん。
またの日は大饗(だいきょう)とてののしる。いと近ければ、こよひさりともと心みんと、人しれず思ふ。車のおとごとに胸つぶる。夜よきほどにて、皆かへるおともきこゆ。門(かど)のもとよりもあまたおひ散らしつつゆくを、過ぎぬときくたびごとに心はうごく。かぎりとききはてつれば、すべてものぞおぼえぬ。
ある日まだつとめて、なほもあらで文みゆ。返りごとせず。
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