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更級日記 原文全集「宮仕へ」其の二
著作名: 古典愛好家
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更級日記

宮仕へ

其の一

十二月二十五日、宮の御仏名に召しあれば、その夜ばかりと思ひて参りぬ。しろき衣どもに、こき掻練(かいねり)を皆着て、四十余人ばかりいでゐたり。しるべしいでし人のかげに隠れて、あるが中にうちほのめいて、暁にはまかづ。雪うちちりつつ、いみじくはげしくさえこほる暁方の月の、ほのかに、こき掻練(かいねり)の袖にうつれるも、げに、ぬるる顔なり。道すがら、

  年はくれ夜はあけがたの月かげの 袖にうつれるほどぞはかなき

かうたちいでぬとならば、さても宮仕への方にもたちなれ、世にまぎれたるも、ねぢけがましきおぼえもなきほどは、おのづから、人のやうにも思しもてなさせ給ふやうにもあらまし。親たちも、いと心えず、程もなくこめすゑつ。さりとて、そのありさまの、たちまちにきらきらしき勢などあんべいやうもなく、いとよしなかりけるすずろ心にても、ことのほかにたがひぬるありさまなりかし。

  いくちたび水の田ぜりをつみしかば 思ひしことのつゆもかなはぬ

とばかりひとりごたれてやみぬ。


そののちは、何となくまぎらはしきに、物語のこともうちたえ忘られて、ものまめやかなるさまに心もなりはててぞ、などて、多くの年月を、いたづらにふしをきしに、をこなひをも物まうでをもせざりけむ。このあらましごととても、思ひしことどもは、この世にあんべかりけることどもなりや、光源氏ばかりの人は、この世におはしけりやは、かほる大将の宇治にかくしすゑ給ふべきもなき世なり、あなものぐるほし、いかによしなかりける心なり、と思ひしみはてて、まめまめしくすぐすとならば、さてもありはてず。


まいりそめし所にも、かくかきこもりぬるを、まこととも思しめしたらぬさまに人々も告げ、たえず召しなどする中にも、わざと召して、

「若い人まいらせよ」

とおほせらるれば、えさらずいだしたりつるにひかされて、また時々出でたてど、すぎにし方のやうなるあいなだのみ心をごりをだにすべきやうもなくて、さすがに若い人にひかれて、おりおりさしいづるにも、なれたる人は、こよなくなにごとにつけてもありつき顔に、我はいと若人(わかうど)にあるべきにもあらず、またおとなにせらるべきおぼえもなく、時々のまらうどにさしはなたれて、すずろなるやうなれど、ひとへにそなたひとつを頼むべきならねば、我よりまさる人あるも、うらやましくもあらず。なかなか心安くおぼえて、さんべきおりふしまいりて、つれづれなるさんべき人と物語などして、めでたきことも、をかしくおもしろきおりおりも、わが身はかやうにたちまじり、いたく人にも見しられむにも、はばかりあんべければ、ただおほかたのことにのみ聞きつつすぐすに、内の御供にまいりたるおり、ありあけの月いとあかきに、わが念じ申す天照御神は、内にぞおはしますなるかし、かかるおりにまいりて拝みたてまつらむ、と思ひて、四月ばかりの月のあかきに、いとしのびてまいりたれば、博士の命婦はしるたよりあれば、灯篭(とうろ)の火のいとほのかなるに、あさましく老い神さびて、さすがにいとよう物などいひゐたるが、人ともおぼえず、神のあらはれ給へるかとおぼゆ。


またの夜も、月のいとあかきに、藤壷の東(ひむがし)の戸をおしあけて、さべき人々物語しつつ月をながむるに、梅壷の女御ののぼらせ給ふなるをとなひ、いみじく心にくく、優なるにも、故宮のおはします世ならましかば、かやうにのぼらせ給はましなど、人々いひいづる、げにいとあはれなりかし。

  天の戸を雲ゐながらもよそに見て 昔のあとをこふる月かな

冬になりて、月なく、雪も降らずながら、星のひかりに、空さすがにくまなくさえわたりたる夜のかぎり、殿の御方にさぶらふ人々と物語しあかしつつ、明くれば、たちわかれたちわかれしつつまかでしを思ひいでければ、

  月もなく花も見ざりし冬の夜の 心にしみて恋しきやなぞ

我も、さ思ふことなるを、同じ心なるもをかしうて、

  さえ夜の氷は袖にまだとけで 冬の夜ながら音をこそは泣け

御前にふして聞けば、池の鳥どもの、夜もすがら、声々羽ぶきさわぐ音のするに、目もさめて、

  わがごとぞ水のうきねにあかしつつ 上毛の霜をはらひわぶなる

とひとりごちたるを、かたはらにふし給へる人ききつけて、

  まして思へ水の仮寝のほどだにぞ 上毛の霜をはらひわびける

かたらふ人どち、局のへだてなる遣戸をあけあはせて、物語などしくらす日、また語らふ人の上にものし給ふを、度々よびおろすに、

「せちに来(く)とあらば、いかむ」

とあるに、かれたるすすきのあるにつけて、

  冬がの篠のをすすき袖たゆみ まねきもよせじ風にまかせむ





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