更新日時:
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E.フロム『自由からの逃走』 |
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著作名:
John Smith
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戦時中の1941年に発表されたE.フロムの『自由からの逃走』はファシズムの研究、特にドイツのナチズムの研究です。
ナチズムを正しく理解するために、なぜ当時の人々はナチズムを支持していたのかについて研究がなされていました。
第一次世界大戦後、ヨーロッパを中心にファシズムが台頭しました。
ファシズムというのはいわゆる全体主義の思想です。
個人に対して、全体、つまり国家や民族が優位に立つという考え方です。
1929年の世界恐慌と、その後の社会不安でイタリア、ドイツ、スペイン、日本などで急速にファシズムは広がりました。
フロムが取り上げているナチズムの中心人物はヒトラーですが、彼の率いる国家社会主義ドイツ労働党はもともと少数派の政党でした。しかし恐慌後、わずかな時間で急激に支持を受けて巨大化し、1932年の総選挙で第一党となり、33年には独裁体制をとるまでになりました。この支持の中心となったのは都市の下層階級に位置する人々でした。
(ヒトラーの行進と市民)
ファシズムを正しく理解するために、社会的・経済的な条件からなど様々な面から研究がされています。
フロムは社会的や経済的な理由だけでなく、人々のナチスの熱狂的な支持には「人間的な問題」があると考えました。
ファシズムを支持し、その支配に服するということは、人々が進んで自身の自由を捨てるということです。つまり自由を尊重し、求め、生きていくはずの近代人がなぜそのような行動に走ったのかということが問題となってきます。
これが、「人間的な問題」です。この問題に答えるためにフロムは、自由が二つの面を持っているということを指摘しました。
自由とは、近代人の求める理想です。またそれは何にも支えられない価値を持っています。
しかし一方で、自由であるということは、自然や他者との安定した結びつきから切り離され、一人で生きていくという側面も持っています。
自由は人々の追い求める理想であると同時に、集団という安定した土台を壊してしまう二面性を持ったものだったのです。
ヨーロッパの中世封建社会では、家族、地域、共同体、協会、ギルドなど様々な強力に結びついた集団の中で生活しており、個人の自由というのは制限されていました。
しかし資本主義社会が浸透してくるにつれ、中世社会の集団の構造は崩れ、それと同時に人々は自由を獲得し始めたのです。それは社会的制約を受けていた個人を解放することであり、また一方で集団という保護を失うことでもありました。
今まで頼ることができた集団が失われてしまうと、人々の心の中には不安や孤独、無力感が生まれてきました。
一部の人々(特に新しい資本家層)は獲得された自由の中で、充実した生活を送ることができ、まさに「解放」されていました。
しかし__都市の中産階級や貧困層、あるいは農民__のなかには新しい自由を享受できない人も少なくありませんでした。彼らにとって自由は、孤立感、不安、無力、頼りなさを増加させるものでしかなかったのです。
この、自由に不安を覚えてしまう状況を、近代初期の「自由からの逃走」と言います。
ナチズム支持の中心となったのは小さな商店主、職人、ホワイトカラー労働者などから成る下層中産階級でした。ヒトラーとナチスは彼らに最も歓迎されていました。第一次世界大戦後のワイマール共和制によって与えられた自由が彼らにはむしろ「重荷」であったのです。
君主制の崩壊、宗教や伝統的な道徳の衰弱、家父長的な家族制度の解体といった自由への動きは、集団の中で「安全感と自己満足的な誇りを獲得していた」下層中産階級の人々を動揺させ、不安に陥れました。またインフレ、独占資本主義の発展、大恐慌の不安が経済生活を脅かし、労働者階級の台頭が下層中産階級の威信を下落させました。
このように生じた無力感、不安、社会的全体からの孤立感が「偉大なドイツ帝国」「偉大な指導者ヒトラー」への献身を呼びました。
ナチズムの発展にはこのような社会的背景があったのです。
フロムはナチズムを歓迎した下層中産階級の人々が、自由から逃走しやすい性格、自由の重荷から逃れて新しい依存と従属を求めやすい性格であるとし、これを「権威主義的性格」と名付けました。
この性格の持ち主は権威を好みます。一方で「権威をたたえ、それに服従しようとする」と同時に、他方では「自ら権威であろうと願い、他のものを服従させたいとも願っている」。つまり、自分より上のものには媚びへつらい、下のものには威張るような人間の性格です。
ここで定義されたこの性格は、一人一人の個人的性格ではなく、あくまでも第一次世界大戦後のドイツの下層中産階級の人々に共通して得られた性格、社会的性格のことを指しています。
社会的性格とは、ある集団の成員たちがそれぞれに持つ個人的性格から、全員にほぼ共通する特徴的な傾向を抜きだしたもののことをいいます。
この権威主義的性格こそ、ファシズム支持の基盤となったものだとフロムは言います。
フロムはナチズム支持した人々を理解するために、人間的な問題を研究しました。そこで自由の持つ二面性(理想としての自由・不安、孤独、無力感を生む自由)を見出し、今まで集団の中で生きてきた人々は自由を与えられるとその逃げ出そうとする(自由からの逃走)ことを指摘しました。
また自由から逃げ出した人々は、権威主義的性格を社会的な集団として有しているともフロムは指摘しています。新しい従属や依存を求めて権威に服従するとともに自分が権威であろうとする傾向のことです。
人間的な面から言うと、ナチズムはこのような人間の性質が基盤となってその勢力を増し、人々はその支配に喜んで服することとなったと言えるでしょう。
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