更新日時:
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【日本はなぜ倭と呼ばれたのか】 |
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著作名:
早稲男
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日本には、「倭」と呼ばれる時代がありました。
国という概念のなかった当時の日本にやってきた外国人(現在の中国や韓国の地にいた人たち)たちが、便宜的に「倭」という名前を付けたというのが定説になっていますが、なぜ「倭」だったのか。それが疑問として未だに議論されています。
主な説としては4つほどあります。
日本にやってきた外国人から、「お前たちの国の名前はなんだ?」ときかれて、当時の日本人たちが我らの国という意味の「ワ」と答え、それに漢字を当てはめて「倭」となった。
(卜部兼方ら説)
その頃の日本人たちが、柔順な性格だったので、その意味をもつ「倭」を当てはめた説。
(本居宣長説)
当時の日本人の体つきが、「背が丸く曲がっており、低身長」だったので、その意味を持つ「倭」を当てはめた説。
(藤堂明保説)
日本は、中国本土からは遠く、「はるか遠いところ」という意味を持つ「倭」を当てはめた説。
(岸俊男説)
そののち「倭」は「和」と差し替えられていくことになりますが、これは「倭」があまりいい意味を持っていないと知った当時の日本人たちが、「和」に差し替えてくれと抗議をしたからだと言われています。
「倭」→「和」→「大和」と国名を見ていくと、何となくつながりがあるのがわかりますね。
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